四章〜神社〜
「昔、おじいちゃんと仲が良かった頃はこの神社によく来たわ。手をつないで、お参りして。屋台が出てたらおねだりして、二人で食べて……」
仁美が一つ一つ思い出すように話すのを聞きながら歩いていると、神社の鳥居が見えてきた。
「深志神社、到着~」
「ずいぶんと久しぶりな気がするわ……懐かしい」
鳥居の前で一礼し、中に入る。
日が傾いていて、神社は閑散としていた。
黒猫が一匹、我が物顔で参道の真ん中を駆け抜け、そのまま本殿の方へと走り去っていった。
私たち以外に参拝者は見当たらない。
「お参りしましょう」
私は財布から五円玉を取り出し、賽銭箱の前に立った。
「そうね」と、仁美も財布を取りだす。
二人で本坪鈴を鳴らしてお賽銭をし、作法に従って手を合わせる。
その時だった。
ポケットに入れていた指輪ケースが強く光り、視界を真っ白に包んだ。
――――――
光の先に神社の鳥居をくぐり、参拝に来るおじいさんが見えた。
お賽銭箱にお金を入れて、手を合わせる。
雨の日も、雪の日も、毎日おじいさんは参拝していた。
早送りされるように季節は流れていく。
もう何回目の参拝だろうか。
いつものように鳥居を抜けて、賽銭箱の前で立ち止まる。
手にはあの指輪が握られていた。
お金を入れて、指輪を挟むように手を合わせる。
おじいさんの心の声が優しく響き渡った。
――――――
いつも見守ってくださり、ありがとうございます。
――どうやら、私はもう長くないようです。
今日は最後に懺悔と……ひとつだけ、お願いがあって参りました。
私は……大切な孫を傷つけてしまいました。
あの子の両親が亡くなったとき、私がしっかり育てなければと思ったのです。
私が生きているうちに、一人前にしてやらなければならない、と。
それが、あの子のためだと信じて疑いませんでした。
いつ死んでも良いと、そう思っていたはずなのに……。
そのときから、死ぬのが怖くなりました。
私がいなくなったら、この子はどうなる。
この子を一人、この世に残して逝けるか。
その不安のあまり……。
追い詰め、叱りつけ、あの子の心を――深く深く、傷つけてしまったのです。
両親を失って一番つらかったのは、あの子なのに。
まだ幼かったあの子に、愛情を注いでやれるのは、この世で私だけだったのに。
もう叶わぬ夢かもしれません。
それでも、もし――
あの子にもう一度会えたなら。
この指輪を渡したいのです。
あの子が大好きだったこの指輪を。
たくさんの思い出が詰まったこの指輪を。
彼女はきっとこの指輪が似合う、素敵な女性になっている。
私はそう信じていますから。
おじいさんはゆっくりと目を開け、手を合わせたまま、まっすぐ本殿を見つめた。
「神様どうか、これからも仁美が幸せに生きていけるように、見守ってくださいますよう……お願い申し上げます」
震える声でそう祈ると、おじいさんは深々と頭を下げた。
静寂を割るように、後ろの方で「にゃあ」と声がした。
振り返ると、一匹の黒猫が、じっとおじいさんを見つめていた。
「……お前も、見守ってくれるか?」
おじいさんは、仁美に向けたあの日と同じ、優しい笑顔を浮かべていた。
――――――
徐々に光が弱まり、視界が現世に戻ってくる。
「うぅ……」
視界の先には、その場にうずくまり、嗚咽を漏らす仁美の姿があった。
「……ごめん、ごめんね。おじいちゃん、私、本当は……うぅ……」
仁美はもう伝えられない謝罪の言葉を何度も繰り返していた。
私はかける言葉が見つからず、伸ばした手をそのまま下ろすしかなかった。
仁美は頬に伝う涙をぬぐいながら、指輪のケースを開いた。
そこには子供の頃に憧れた、あの指輪が光っている。
「やっぱり、綺麗な指輪……」
そう言うと、仁美は指輪をゆっくりと自分の薬指にはめた。少し緩いようだった。
「……もう少しかな、おじいちゃん」
仁美はどこかに似た笑顔を浮かべながら、指輪を人差し指につけ直す。
「私、この指輪が似合う素敵な女性になれるかな」
人差し指にピッタリとハマった指輪は、仁美の身に着けているどのアクセサリーよりもよく似合っていた。
「もう今でもとてもよく似合ってるって、きっと天国のおじいちゃんも言ってますよ」
「ふふ、そうかしら」
私は指輪を見つめる仁美の横顔をずっと見つめていた。
「そろそろいきましょうか」
「そうね」
仁美はそっと立ち上がった。
「朱璃さん」
「はい?」
振り向くと、仁美はバツが悪そうに頬を掻いていた。
「その、悪かったわね」
「何が、ですか?」
「ずっと嫌な態度だったなと思って。ごめんなさい」
仁美は恥ずかしそうに頭を下げた。
「それに、その、あなたの趣味を否定したわ。シルバーアクセサリー、私も好きだったのに……」
私は思わず笑顔になって答える。
「いいんですよ。それに、おじいちゃんとその付喪神の想いが、仁美さんに届いてよかったです」
本当によかった。
私は仁美の手元で美しく光る指輪を眺めながら、心の底からそう思った。
でも……この指輪は回収しなければならない。
「仁美さん、本当に申し上げにくいのですが……」
私は意を決して口を開いた。
「その指輪、こちらで預からせてもらう必要があるんです」
「え? どうして?」
「その子は一時的におとなしく納まっているだけで、まだちゃんとした封印ができていないんです」
まだ封印の儀式も終えていない。
それに封印の儀式をしたとしても……。
「なので、儀式を行い、然るべき場所で保管しなければなりません。でないと……」
またいつ暴れ出すかわからない。
「そう……なの……」
仁美がじっと指輪を眺めた。
さきほどの事を思い出したのだろう。
そして一息つき、指輪を外し、私に手渡した。
「ありがとうございます。この指輪は私が責任を持って封印して、然るべき場所で保管を」
「その必要はないわ」
後ろからの鋭い声によって遮られた。
振り返ると、そこにはANIERAにいた蒼い髪の女の子が立っていた。

