五章〜少女〜
「あなた、お店にいた……」
鳥居の向こうから、ひとりの女の子がゆっくりと歩いてくる。
女の子は私たちのそばまで歩み寄り、まっすぐ私を見つめ、口を開いた。
「封印はもうしたの?」
「え?」
「だから、この付喪神を封印したのって聞いてるの」
「いや、まだだけど……どうして封印の事を知ってるの?」
それは祈祷師しか知らないはず……。
すると女の子はポケットからANIERAの印の付いた依頼書を見せつけてきた。
「同業者だからに決まってるでしょ。早く封印してよ。私、封印はできないの」
何が何だかわからないが、とりあえず、同業者ではあるらしい。
同じ依頼に二人の祈祷師が派遣されるなんて、厄災級の陌霊でしか聞いたことがない。
「ここ神社なんだし、ちょうどいいじゃない。ここでやりましょ」
そういうと女の子は本殿の方に向かって早々に歩き出した。
「ちょっとどこ行くの?」
「ここで待ってて!」
女の子は御社殿の横にある受付で巫女らしき女性と話をしている。
しばらくすると、女の子が私たちの元に再び戻ってきた。
「受付は済ませたわ。私は準備があるから、その間に封印しちゃって」
そう言い残し、女の子は御社殿の奥の方へと消えていった。
私は聞きたいことが山ほどあったが、まずは……と仁美に話しかける。
「仁美さん、これからこの子を封印します。少しの間、待っていてください」
「ええ、分かったわ」
ここが神社でよかった。
私は受付の巫女に話しかける。
「祈祷師の安野朱璃です。この子を封印したいので、本殿お借りできますか?」
「はい。先ほど白砥羽海様より、お話を承っております。こちらへどうぞ」
「あの子、羽海ちゃんって言うんだ……」
「こちらです」
巫女さんは本殿に私たちを案内すると「それでは失礼します」と軽く一礼して戻っていった。
本殿の中は、ひんやりとした空気に包まれていた。
外の空気とは違う、木の香りと年月の静けさを深く含んだ冷たさ。
静謐で澄んだ空気を肌で感じる。
高い天井の梁では、灯籠の明かりが、風もないのにふわりと揺れていた。
極彩色の装飾や黒漆の柱は、息づくように淡く光を返している。
紙垂がさらりと揺れ、かすかな音が静寂に溶ける。
まるで古い神社そのものが、静かに呼吸しているようだった。
私は本殿の前に座り、指輪を八足台の上にそっと乗せた。
呼吸を整えて、意識を自分の内側に集中させる。
世界の輪郭がうすれて、静寂と自分だけが混ざり合うのを感じる。
私は静寂の中、祝詞を詠んだ。
掛けまくも畏き九頭龍の大神
戸に秘し言霊の神よ
迷いし九十九の山霊に
聞こし給ひ届け給へと
かしこみかしこみ
願い申す
左目に淡い炎が宿り、呼応するように指輪にも淡い光が灯った。
宿木に住まう山霊よ
御身の願い
此処に聞き届けたり
光はしばらくゆらゆらと揺れ、だんだんと弱くなり、ふっと消えた。
「ごめんね。いつか還してあげるからね」
私は静かになった指輪にそうつぶやいた。
封印が出来たことを確認し、指輪を手に取ろうとした瞬間、後ろから声が聞こえた。
「ちょっと! そのままにしておいてよ!」
その声に指輪に伸ばした手を止める。
声のした方を振り返ると、そこには白い巫女服に身を包んだ羽海が立っていた。
「羽海ちゃん?」
「ちょっと、そこどいて」
「あ、うん」
私は真剣な表情の羽海に気圧され、その場を離れる。
羽海が本殿の前に立ち、静かに目を閉じた。
何をするつもりだろう。
もう封印は終わってるし、あとは持ち帰って奉納するだけなのに。
すると羽海の髪が蒼く光り出し、宙にゆらゆらと浮き出した。
「え?」
あまりに幻想的で美しい光景だった。
羽海の周りには蝶のような形をした蒼い精霊たちがキラキラと瞬いている。
「すぅ――」と羽海が大きく息を吸って言葉を紡ぎ出した。
~~~♪
羽海の唄に合わせて、精霊たちが舞い踊る。
その光景はお伽噺の世界に迷い込んだようだった。
「綺麗……」
その透き通った歌声は、美しく、優しく、響き渡る。
「あれ、私、なんで……」
涙が自然と頬を伝って流れていた。
何が起きているのかはわからないまま。
初めて耳にする歌で泣いたのは、人生で二度目のことだった。
~~~♪
羽海の唄とともに、精霊たちが指輪の元へ集まっていく。
「お願い……うまくいって……」
羽海が小さな声で呟いたのが聞こえた。

