第14話 / DIGGIN’THE SOUL

 あの後、抽選会場には人だかりができて、抜け出すのもひと苦労だった。
 ようやく逃げ出した私たちは、「二等賞」と大きく書かれた懸賞袋を片手に、アウトレットモールの外周から一本外れた静かな道を歩いていた。
 この道をまっすぐ行けば、中町通なかまちどおりへとつながっている。
 イオンモールの再開発の波から少し取り残されたこの一帯には、私の好きな情緒じょうちょある街並みが残っていた。

「よ~っしこうなったら!」
「……? どうしたの?」

 羽海の元気がないのが、ずっと気になっていた。
 あの大騒ぎの最中、彼女がふっと曇らせた表情が頭から離れない。
 でもアウトレットモールで少し元気になっていたのも確か。……だと思う。

「ここ! 最近、私のマイブーム! レコードショップ!」

 イオンモールからほど近いところにある、小さなレコードショップ。
 スタイリッシュなカフェのような外観と、至る所にこだわりが光る内装。
 アナログレコードだけでなく、CDやカセットテープ、関連書籍やZINEまで幅広く取り揃えられていて、まるでギャラリーのような空間だった。

「ホント、好きなのね」

 思わず羽海がポツリと漏らす。

「ごめん、これじゃ、私の趣味全開すぎるよね」
「別に……ただこういう雰囲気もいいわね」
「でしょ~~!」

 ふと目をやると、羽海が一冊のZINEを手に取っていた。
 その指先が、少しだけ楽しそうに見える。

「羽海、それ、どうしたの?」
「これ……」

 羽海はその表紙を見つめながら、小さく呟いた。

「ん?」

 羽海は少し迷ったように視線を落とし、ページをめくりながら話し始める。

「この特集……私が一度だけ行ったことのある街の特集みたい。すごく静かで、空気がんでて、どのお店も人の温もりみたいなのがちゃんと残ってるの。ヴィンテージのブーツを買ったのもその時で……」

 そう言って、羽海はページの一部を指差した。そこには、その街の古着屋やカフェ、手作り雑貨の店が丁寧に紹介されていた。

「それから、ヴィンテージが好きになったの。あのお店はね、カフェ……というより、ちょっと昔ながらの喫茶店って感じだったんだけど、併設されてて。そこのランチがすごく美味しくてさ」

 と、羽海が懐かしそうに語り始め、あっけにとられていると、
 グゥ~~~~~
 静かな空間に、お腹の音がしっかり響いた。

「あ……」

 私は思わずお腹を抑える。

「……お腹、空いたの?」
「てへっ……!」
「ふふっ……」
「ね、ご飯行こっ!」

 羽海の顔が、ほんの少し緩んだ気がした。

「盛吉? なんか、名前からして盛りそうなお店ね……」
「……鋭い。めちゃくちゃ盛られるよ。でも小盛りもできるから安心して。味はガチ!」

 レトロな木の引き戸をくぐると、香ばしいタレの匂いと、鉄板のジューッという音が迎えてくれた。

「いらっしゃーい!」

 明るく元気なおばちゃんに案内され、私たちは窓際の四人掛けの席に通された。

「私は、和風おろしハンバーグ定食」
「私は同じの、ごはんは大盛り……」
「大盛り……? 羽海、ここの大盛り、知らないんだよね?」
「知らないけど。お腹、空いてるから」

 あっけらかんと言うその顔に、普通盛りで足りなければおかわりでも……と言いかけたが、驚いた羽海の顔がみたくなり、なにも言わない事にした。

 しばらくして、はいどーぞ! という店員さんの優しい声と共に、届いたお膳の上に、それはそびえていた。
 ふわりと高く盛られたその山には、申し訳程度に黒ゴマがひとつまみ。まるで真冬の御嶽山おんたけさんのようだった。
 私の普通盛り(羽海のオーダーに驚いて、小盛りにするのをうっかり忘れてしまった)と比べても、その量は二倍……いや、三倍以上ある。

「おおっ……すご……」
「ね? 言ったでしょ?」

 羽海の驚く顔が、なんだかすごく嬉しかった。

「いただきます」

 鉄板の上でまだ音を立てているハンバーグを箸で割り、お茶碗の白米と一緒に口へ運ぶ。
 噛むほどに肉汁が広がり、焼けた和風ソースの香ばしさが鼻に抜けた。
 ……正直、量は十分すぎる。いや小盛にできなかったぶん、ちょっと多い。
 正面の羽海を見ると山のような白米を、テンポよく一口、また一口と食べている。
 その食べっぷりは見事なものだった。
 しかも、食べ方は驚くほど品があるのに、減るスピードが尋常じゃない。

「このご飯美味し……けど、ゴマ塩じゃなくて黒ゴマなんだね」
「羽海……すごいね」
「え? 何が?」
「いや……たぶん今、厨房のおばちゃんもザワついてるよ」

 羽海は首をかしげながらも、ハンバーグとご飯をバランスよく? 口に運んでいく。
 私のは半分も残っているのに、羽海の大盛りはすでに平らげられつつあった。
 なのに、ハンバーグはちゃんと四分の一ほど残っている。
 計算され尽くしたペース配分だったことを知る。

「……おかわりしちゃダメかな?」
「……私の分、食べていいよ」

 私は若干引きながら、自分の残りのご飯を羽海に差し出した。

「ふぅ……美味しかった」
「うん……そだね」

 盛吉を出て、伸びをする羽海の細身の体をまじまじと見つめる。
 あの白米の山はどこに消えたのか、と思うほど華奢きゃしゃな体つき。
 少しぽっこりとした自分のお腹を抑え、私はため息をついた。

「ねぇ、このまま少し歩かない? お散歩しよ!」
「そうね……」

 羽海が自分のお腹をおさえて言う。 

「ん~~、そしたらどのあたりいこ……」

 松本城か、あがたの森か、川沿いを歩くのもいいかもしれない、と考えを巡らせていると、羽海がふと足を止めていた。
 視線の先を見ると、ガラス扉の向こうをじっと覗き込んでいる。
 ……え? あれって。

「羽海、どうしたの?」
「………」

 やっぱり「マシムラ」だった。
 市内でも人気の洋菓子店で、何種類かあるシュークリームがどれも美味しく、差し入れにぴったり。テイクアウトしてイオンモールを巡る女子高生も多い。
 なのだが……。

「羽海、食べたいの……?」
「えっと……その……」

 口ごもるその様子に、思わず笑いそうになる。
 さすがに盛吉の後では苦しいのだろう。
 でもお土産に買っていくのは良いかもしれない。

「朱璃はもうお腹いっぱいだよね……?」
「えっ……?」

 なんで今、私が心配されたの? まさか今食べるの……!?
 羽海がモジモジと恥ずかしそうに聞いてくるのを見て、私は吹き出してしまった。

「アハハ、大丈夫だよ。散歩しながら食べ歩きしよ」
「やった。すいませーん」

 そう言って勢いよく店に入っていく羽海の背中を見ながら、私はくすっと笑う。
 まさかこんな一面があったなんて、ちょっと意外。
 でも、少しずつ距離が近づいているようで、嬉しかった。

「あ、えーっと、ミニシューを6個、あとこのカスタードのを……」

 カウンターで嬉々としてオーダーする羽海の声が聞こえ、私は慌てて後を追った。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

目次