MENU

第0話 / DIGGIN’ THE SOUL

 ――想いは、うたかえせるんだよ。

 いつか聞いた声が、ふと頭の奥でささやく。
 それは決して忘れることのできない――
 私にとって何よりも大切な記憶。

「……ごめんね。いつか還してあげるから」
 私は何度目かも分からないその言葉を口にする。

 薄暗い神社の本殿ほんでん
 私は静かに祈りの言葉を口にした。
 その瞬間、左目にあわい炎が宿る。
 呼応こおうするように目の前の想いが静かに光をびた。

 その光はゆらりと揺れ、やがて風に溶けるように静かに消えていく。
 それは何度も見てきた、変わらない景色。

「あの、朱璃さん……?」
 隣から不安を隠しきれない声が聞こえた。
 私はゆっくりと顔を上げ、いつもの作り慣れた笑顔を浮かべる。
「この子は、私が責任を持って、しかるべき場所でお預かりします」

 そう言葉を口にするたび、喉の奥になまりのような重さが沈んでいく。
 視線を落とすと、彼女の指先が小さく震えていた。
「……ありがとうございます」
 と小さな、震えた声。
 その声ににじんでいた想いを、私は聞き取れないふりをした。

 あれから、どれだけ多くの想いに触れてきただろう。
 私にできたのは、せめて穏やかに眠れるようにと願うこと。
 そして、その想いをしずめることだけだった。
 そのたびに、胸の奥で何かがひとつ、またひとつと冷えていく。

 鎮めることしかできない――
 でも、いつかその想いを還すことができるように。
 それは誰もが笑うような夢。
 その夢は、私の願いになった。

 依頼を終えた夜、私はいつもの店へ向かった。
 古びた看板の下で立ち止まる。
 扉の向こうから、かすかにR&Bが聴こえてくる。
 店に入ると、焙煎豆ばいせんまめの香りと低いベースラインがふわりと混ざり合った。

 店長がカウンターで紙の本をめくりながら顔を上げる。
「終わったのか」
「うん、さっき終わったところ。……この子、見てくれる?」
 私は手の中にあるそれをテーブルに置いた。
 店長は黙って手に取り、ひと目で判断する。
「……ないな。時代が違う」
 予想通りの答え。
 わかっていた。それでも、確かめずにはいられなかった。
「だよね~。一応聞いただけ」
 笑顔を浮かべ、いつもの調子を装う。

「店長、次の依頼ある?」
 それに、店長は驚いたような、呆れたような表情を浮かべた。
「お前な……いま終えたばかりだろ。少しは休め」
「こんくらい余裕だって。店長は心配しすぎ~」

 依頼書のたばに手を伸ばすと、店長が慌てて声を上げた。
「おい、こら勝手に取るな!」
「隙あり! じゃ、これ行ってくるね」
 背中越しに響くため息。
 それを聞きながら、私は逃げるように店を飛び出した。

 私は信じている。
 唄があれば、想いは還せる。

 この手では届かなかった願いも、
 唄があれば、きっと還せると。

 ――だから私は、唄を探し続ける。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

目次