第6話 / DIGGIN’ THE SOUL

 四章〜神社〜
 
「昔、おじいちゃんと仲が良かった頃はこの神社によく来たわ。手をつないで、お参りして。屋台が出てたらおねだりして、二人で食べて……」 

 仁美が一つ一つ思い出すように話すのを聞きながら歩いていると、神社の鳥居が見えてきた。

「深志神社、到着~」
「ずいぶんと久しぶりな気がするわ……懐かしい」

 鳥居の前で一礼し、中に入る。
 日が傾いていて、神社は閑散かんさんとしていた。
 黒猫が一匹、我が物顔で参道の真ん中を駆け抜け、そのまま本殿の方へと走り去っていった。
 私たち以外に参拝者は見当たらない。

「お参りしましょう」

 私は財布から五円玉を取り出し、賽銭箱の前に立った。
「そうね」と、仁美も財布を取りだす。
 二人で本坪ほんつぼすずを鳴らしてお賽銭をし、作法に従って手を合わせる。
 その時だった。
 ポケットに入れていた指輪ケースが強く光り、視界を真っ白に包んだ。
 
 ――――――

 光の先に神社の鳥居をくぐり、参拝に来るおじいさんが見えた。
 お賽銭箱にお金を入れて、手を合わせる。
 雨の日も、雪の日も、毎日おじいさんは参拝していた。
 早送りされるように季節は流れていく。
 もう何回目の参拝だろうか。
 いつものように鳥居を抜けて、賽銭箱の前で立ち止まる。
 手にはあの指輪が握られていた。
 お金を入れて、指輪を挟むように手を合わせる。
 おじいさんの心の声が優しく響き渡った。
 
 ――――――
 
 いつも見守ってくださり、ありがとうございます。
 ――どうやら、私はもう長くないようです。
 今日は最後に懺悔と……ひとつだけ、お願いがあって参りました。

 私は……大切な孫を傷つけてしまいました。
 あの子の両親が亡くなったとき、私がしっかり育てなければと思ったのです。
 私が生きているうちに、一人前にしてやらなければならない、と。
 それが、あの子のためだと信じて疑いませんでした。
 いつ死んでも良いと、そう思っていたはずなのに……。
 そのときから、死ぬのが怖くなりました。
 私がいなくなったら、この子はどうなる。
 この子を一人、この世に残して逝けるか。
 その不安のあまり……。
 追い詰め、叱りつけ、あの子の心を――深く深く、傷つけてしまったのです。
 両親を失って一番つらかったのは、あの子なのに。
 まだ幼かったあの子に、愛情を注いでやれるのは、この世で私だけだったのに。
 もう叶わぬ夢かもしれません。
 それでも、もし――
 あの子にもう一度会えたなら。
 この指輪を渡したいのです。
 あの子が大好きだったこの指輪を。
 たくさんの思い出が詰まったこの指輪を。
 彼女はきっとこの指輪が似合う、素敵な女性になっている。
 私はそう信じていますから。
 おじいさんはゆっくりと目を開け、手を合わせたまま、まっすぐ本殿を見つめた。

「神様どうか、これからも仁美が幸せに生きていけるように、見守ってくださいますよう……お願い申し上げます」

 震える声でそう祈ると、おじいさんは深々と頭を下げた。
 静寂を割るように、後ろの方で「にゃあ」と声がした。
 振り返ると、一匹の黒猫が、じっとおじいさんを見つめていた。

「……お前も、見守ってくれるか?」

 おじいさんは、仁美に向けたあの日と同じ、優しい笑顔を浮かべていた。

 ――――――

 徐々に光が弱まり、視界が現世に戻ってくる。

「うぅ……」

 視界の先には、その場にうずくまり、嗚咽おえつを漏らす仁美の姿があった。

「……ごめん、ごめんね。おじいちゃん、私、本当は……うぅ……」 

 仁美はもう伝えられない謝罪の言葉を何度も繰り返していた。
 私はかける言葉が見つからず、伸ばした手をそのまま下ろすしかなかった。
 仁美は頬に伝う涙をぬぐいながら、指輪のケースを開いた。
 そこには子供の頃に憧れた、あの指輪が光っている。

「やっぱり、綺麗な指輪……」

 そう言うと、仁美は指輪をゆっくりと自分の薬指にはめた。少し緩いようだった。

「……もう少しかな、おじいちゃん」

 仁美はどこかに似た笑顔を浮かべながら、指輪を人差し指につけ直す。

「私、この指輪が似合う素敵な女性になれるかな」

 人差し指にピッタリとハマった指輪は、仁美の身に着けているどのアクセサリーよりもよく似合っていた。

「もう今でもとてもよく似合ってるって、きっと天国のおじいちゃんも言ってますよ」
「ふふ、そうかしら」

 私は指輪を見つめる仁美の横顔をずっと見つめていた。

「そろそろいきましょうか」
「そうね」

 仁美はそっと立ち上がった。

「朱璃さん」
「はい?」

 振り向くと、仁美はバツが悪そうに頬を掻いていた。

「その、悪かったわね」
「何が、ですか?」
「ずっと嫌な態度だったなと思って。ごめんなさい」

 仁美は恥ずかしそうに頭を下げた。

「それに、その、あなたの趣味を否定したわ。シルバーアクセサリー、私も好きだったのに……」

 私は思わず笑顔になって答える。

「いいんですよ。それに、おじいちゃんとその付喪神の想いが、仁美さんに届いてよかったです」

 本当によかった。
 私は仁美の手元で美しく光る指輪を眺めながら、心の底からそう思った。
 でも……この指輪は回収しなければならない。

「仁美さん、本当に申し上げにくいのですが……」

 私は意を決して口を開いた。

「その指輪、こちらで預からせてもらう必要があるんです」
「え? どうして?」
「その子は一時的におとなしく納まっているだけで、まだちゃんとした封印ができていないんです」

 まだ封印の儀式も終えていない。
 それに封印の儀式をしたとしても……。

「なので、儀式を行い、しかるべき場所で保管しなければなりません。でないと……」

 またいつ暴れ出すかわからない。

「そう……なの……」

 仁美がじっと指輪を眺めた。
 さきほどの事を思い出したのだろう。
 そして一息つき、指輪を外し、私に手渡した。

「ありがとうございます。この指輪は私が責任を持って封印して、然るべき場所で保管を」
「その必要はないわ」

 後ろからの鋭い声によって遮られた。
 振り返ると、そこにはANIERAにいた蒼い髪の女の子が立っていた。

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この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

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