一章~毅心~
「準一級!?」
思わず声を荒げていた。
店長の声には、珍しく焦りが滲んでいる。
準一級緊急事態——通称「歪曲再生」
原因は様々だが、陌霊は強力な力を得ることがある。
準一級は上から二番目。
それは災害級の上位陌霊の出現を意味していた。
「ああ。急いで向かっ……くれ。ただしムチャは……。危なく…ったら……応……つ」
「店長? 何? なんかよく聞こえないんだけど!」
ブツッと通話が切れてしまった。
どうやらすでに通信そのものにまで障害が生じているようだった。
私はスマホをしまい、羽海の方を見る。
どうやら聞こえていたらしく、不安そうな表情を浮かべている。
「準一級って……本当なの?」
「……そう、だね。電話も切れちゃったし、もう干渉が始まってるみたい」
それにしても、そんな規模の陌霊に、二人して気づかなかったなんて……。
「おかしい、よね?」
羽海も同じことを考えていたようだった。
いくら気を抜いていても、陌霊の、まして準一級の気配を見逃すなんてあり得ない。
しかも発生地点は店長の話によると、ここ――あがたの森。
準一級なんてANIERAにいても気配くらいは感じられそうなもの。
でも店長の話を聞いてさえ、そんな気配は感じられなかった。
「もしかして、私たち自身がもう干渉を受けてる……?」
「まさかそんなこと……」
「でも、そうとしか思えない……」
羽海の言葉に背筋が冷える。
彼女の推測が正しいとすれば、祈祷師である自分たちが二人して気づかず、しかもすでに干渉を受けていたということになる。
「羽海、手を」
「え? うん」
互いに両の掌をあわせる。
陌霊の干渉を弾くなら、異なる波長を持つ者同士で力を重ねて弾けばいい。
私と羽海であれば、十分すぎるほどだ。
「それじゃ羽海は力を込めてくれれば大丈夫だから」
「う、うん……!」
彼女の力を掌から感じる。ビリビリとするほど強い力だった。
それに合わせて力を込め、祝詞を唱える。
無上霊峰雨障を絶ち
莫令を此処に記せ
祝詞により流れ出すお互いの力が干渉し合い、波紋のように周囲に広がった。
世界が一変する。
鮮やかだった景色が灰色に染まり、周囲にいた人々がノイズのように消えていく。
周囲一帯が陌霊の干渉を受けていたようだった。
羽海の顔が青ざめる。
「朱璃、これって……」
「うん、店長の言ってたとおり。間違いないね。でも――」
「もしかして……」
私の言葉を羽海が遮った。
「あの時の歌。あれが陌霊の干渉だったんじゃ……?」
「まさか……でもそう考えると、確かに……」
ありえない話ではない。
規模の大きい陌霊であればあるほど、その影響は多岐に及ぶ。
しかも私たちはそれに耳を澄ましてしまっていたのだからなおさらだ。
と、すると……。
「すぐに行かないと。あの子たちが危ない」
「そうね。急がないと、取り返しがつかないことになるかも」
干渉から抜け出した今でさえ、合唱の歌声が空気を震わせていた。
おそらくこの歌声が陌霊の干渉範囲を拡げ続けているのだろう。
合唱の声が響いてきている文化会館へ走り出そうとしたときだった。
羽海が足をもつれさせてよろける。
倒れそうな彼女の肩を支えた。
「羽海、大丈夫?」
「……大丈夫なわけないでしょ。準一級なんて……会ったこともないんだから」
彼女の声は震えていたが、おそらくそれだけじゃない……。
RAMONEでの件もある。
祈祷師の力は心に大きく左右されるもの。
「でも……朱璃といっしょに行く。私にもできることがあるはずだから」
視線が交わる。
恐れを超えて、そこに滲んでいたのは――強い責任感。
彼女はまだ恐れているのかもしれない。
それでも出来ることがあるはず……と、一歩前に出た。
「よし、いこう!」
私たちは文化会館へと走った。

