第10話 / DIGGIN’THE SOUL

 プロローグ

「私がうたの巫女を探してたの、知ってたよね!?」

 それはあの日、はぐらかされた質問だった。

「どうして隠してたの!? 私がどれだけ……どれだけ……」

 店長にも何か事情があったのかもしれない、と思う。
 それでも言葉が自然と荒ぶってしまう。
 怒っているのか、悲しいのか……。
 ただ一つ、店長に裏切られたという想いだけがはっきりとしていた。

「……唄の巫女の存在は、秘匿ひとくされている」

 落ち着いた、いつもの声。
 でも、その言葉にはいつもと違う重みがあった。

「秘匿……? そんなの一度も言ってなかったじゃん! どうして!?」

 店長は、これまで長い歴史の中で唄の巫女の血は途絶えたと話していた。
〝秘匿されている〟のなら、唄の巫女は存在しているということになる。

「それに羽海うみのこと、知ってたんだよね!? なのに何で……」
「……事情があるのよ」

 ハッとして振り返ると、そこには羽海が立っていた。

 ――――――
 
 冷たい風の中に、ほんの少しだけ春の匂いが混じっていた。
 駅前には、真新しい制服に身を包んだ学生たちが行き交っている。
 少しだけ暖かくなった空気が、街全体をやわらかく包んでいた。
 春は確かに近づいているのに。
 私の心はまだ少しも晴れずに、冬の中に取り残されているようだった。
 羽海と出会った一件以来、一週間ぶりに連絡があり、私はANIERAに向かっていた。
 その間、店はずっと閉まっていて、連絡も取れずにいたのだ。
 あれ以来、羽海とも会えていない。
 あの時、連絡先の交換をし損ねたことを何度やんだことか。
 それにしても、唄の巫女が本当に実在していたなんて。
 ずっと探してきた、付喪神つくもがみをあるべき世界へかえせる一族の一人――白砥羽海に出会えたのだ。
 あの時は、そのことがただただ嬉しくて、細かいことなんてどうでもよかった。
 でも時間が経つにつれて、様々な疑問が浮かんできた。
 店長はいつから唄の巫女がいることを知っていたのか?
 どうして、あの子のことを私に隠していたのか?
 それに羽海はこれまでどこで、何をしていたのか?
 考えれば考えるほど疑問が浮かんでしまう。
 どうやら羽海と店長は以前からの知り合いのようだった。
 私も長くANIERAに行っているが、羽海と会ったのはあの日が初めてだった。
 気になることは山ほどある。でも何か事情があるに違いない。
 まずはちゃんと話を聞かなければ。
 今日は依頼ってことだったけど、その前にはっきりさせたい。
 羽海がいるかはわからないが、少なくとも店長から話は聞けるはず。
 そんな考えを巡らせながら、気づけば、ANIERAの前までやってきていた。
 相変わらず、いや相変わらないがゆえの、この時代には似つかわしくない古びたリユースショップ。
 まだCLOSEとなっている。
 私はいつものように、勢いよくドアを開けた。

 ――――――

 そして今、ようやく会えた羽海との間に気まずい沈黙が流れている。
 会えて嬉しい気持ちと、間の悪い話を聞かれてしまったという気持ちが入り交じり、言葉が出てこない。

「事情……事情って……」
「それは……」

 羽海が店長の方に視線を逸らした。
 スピーカーから流れるスネア音だけが、秒針のように時を刻んでいる。
 少しの沈黙のあと、店長が口を開いた。

「……それは、唄の巫女だけが、〝村正むらまさ〟の封印を解けるからだ」

 その言葉に、羽海が焦って声を上げた。

「ちょ、店長! それは……!」

 それは話すことすら、暗黙のうちに禁じられている。
 心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

「村正、それって……」

 思い出したくもない過去がフラッシュバックする。
 胃の奥がむかつき、思わず手で口を押えた。

「村正の封印を解ける? そんなこと……」

 絶対にあってはならない――
 そう口にしようとして、羽海の姿が目に入り、言葉を止める。
 唄の巫女には……羽海にはそれができてしまうのだという。
 店内の空気が、一瞬にして凍り付くのを感じた。
 その沈黙を破るように、羽海がぽつりとつぶやく。

「……心配ないわ」

 その声には、なんの感情も宿っていなかった。
 怒りも、悲しみも、誇りも。
 ただ、静かな、諦めだけがあった。

「私には、そんな力、ないし……」
「おい、羽海。お前にも話が――」

 羽海は店長の呼びかけに応えず、背を向ける。

「タイミングが悪かったわね、また改めます。それじゃ」

 そう言い残し、その場から逃げるように立ち去ってしまった。

「ちょ、ちょっと、待ってよ!」
朱璃あかり!」

 まだ何も聞けてない―と、羽海を追おうとしたが、背後からの鋭い声に足が止まった。
 振り返ると、店長が真剣な表情でこちらを見つめていた。

「……待ちなさい」
「でも店長……」
「いずれ話してやる。それより、依頼の話だ」

 店長はいつになく重い口調でそう言った。
 私は、まだ開いたままのドアを振り返り、くちびるを噛んだ。
 納得なんて、できるはずがない。
 でも、これ以上踏み込むには、何もかもが足りなかった。

「わかった」

 ため息のようにそう呟き、店長に向き直る。

「依頼は、RAMONEからだったよね?」
「あぁ、お得意様さ。古いビデオテープが陌霊ばくれい化しかけているようだと連絡があった」
「了解。あそこも大変だね」
「性質的に、そういったものが集まりやすいんだろ」
「まあそれもそっか。じゃあ、行ってきま~っす」

 わざと明るく声をはり、勢いよく店を出る。
 けれど当然そこに羽海の姿はなかった。
 両手で頬をパシンと叩く。
 大丈夫。タイミングは、きっとある。
 そう言い聞かせて、私はRAMONEへと向かった。

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この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

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