一章~幽想~
松本市・中町通りをイオンモール方面に向かって歩いていくと見えてくる。
ファッションスポット「RAMONE」。
ARファッションで〝古着風〟に見せるのが主流のなか、今では珍しい〝本物の古着屋〟だ。
白い壁に黒格子の外観は――まるで蔵のような佇まい。
けれど、二階へとせり出したガラス張りの空間が、どこか現代的でもある。
窓際には古着たちが整然と吊るされていて、ヴィンテージTシャツのグラフィックが外からでもよく見える。
街並みからは少しだけ浮いているようで、妙にしっくりと馴染んでいた。
いつものように二階へと続く階段を上り、OPENの札がかけられた扉を開ける。
どうやら営業中のようだが、店内にお客さんはいないようだった。
陽の光がたっぷりと差し込み、壁にかけられたバンドTシャツやアートポスターの色を柔らかく際立たせている。
床は今時珍しい木製で、歩くたびにキュッと鳴る音が、店内にやさしく残る。
ラックにはTシャツがずらりと並び、壁際には靴やカセットテープ、古いファッション誌が雑然と積まれている。
「やっぱり好きだな……」
「朱璃ちゃん、いらっしゃい」
私はその声に目線を奥へと向けた。
今日のマスターは dj honda のキャップをかぶり、Tシャツにハーフパンツという軽快な装い。抜け感のある雰囲気がよく 似合っている。
「マスター、こんにちは。今日もオシャレですね!」
「はは、ありがとう。朱璃ちゃんに似合いそうなブルゾンが入ってるよ」
「え? ほんと!?」
そのまま見せて見せてと捲し立てそうになったが、今日来た目的を思い出す。
「あ、でもその前に……」
「ごめん、ごめん、そうだった。うん、依頼の方、頼むよ」
マスターは私好みの古着を見つけるのが抜群にうまい。
紹介してくれる服はほとんどがストライクで、私はいつも財布と相談する羽目になっている。
RAMONEからの依頼料は、そのまま購入資金になっている気さえする。
「はーい、この天才祈祷師、安野朱璃におまかせでーす」
「ハハハ、いつもありがとうね」
私はちょっとだけ胸を張り、誇らしげに笑った。
「これなんだけど……オオゴトになる前に対処したくてね。利正さんに頼んだんだ」
利世さんとはANIERAの藤間店長のこと。どうやらマスターとは昔からの知り合いらしく、そう呼んでいるらしい。
「あ、これですね? 了解です。少々お待ちを……」
私は店の床にぽつんと置かれたテレビデオに目をやる。
今やほとんど見かけない、テレビとビデオが一体化したレトロ家電。
VHSという記録メディアが最盛期のころの定番ハードだったらしい。
ブラウン管の画面には、ブルーのタイトル画面が静かに揺れている。
DEEP SKY――懐かしさを感じさせる書体に、見慣れない海獣のシルエット。
その周囲を囲むように、VHSの山が築かれている。
アクション映画、B級ホラー、ドキュメンタリー……。
色褪せたラベルたちが、雑然と詰め込まれていた。
山の中に、ひときわ異質な存在感を放つビデオが目に留まる。
手を伸ばした瞬間、指先にひやりとした感触が走った。
見た目は何の変哲もないのに、中に何かがいる――そんな確かな気配が、じわりと伝わってくる。
「これだね。けど……」
いつもの依頼よりもずいぶん力が弱い。
よく店に来ているはずの私が気付かないわけだ。と内心納得する。
そう考えていると店の扉が開く音が聞こえた。
「お、まいど、いらっしゃい」
「ども、マスター」
そのやりとりからして、どうやら常連客のようだ。
ふと聞き覚えのある声のような気がして、私は反射的に振り向いた。
「あっ……!」
「え……?」
そこにいたのは、どこか気まずそうな顔をした羽海。
偶然の再会に私も驚きを隠せずにいた。
「なんで、あんたが」
「なんで、羽海が」
思わず、声が揃ってしまう。
羽海がマスターの方へ視線を向けたが、彼はタイミングよくかかってきた電話に出ており、店内には気まずい沈黙と受話器 越しの声だけが響いていた。
羽海の視線が私の手元のモノへと落ちる。
「あなた、それ……そういうこと」
「あ、うん、そうなの。ここの依頼できたんだ」
「そう……」
羽海はそれだけ呟き、目をそらした。
ANIERAでの一件が、まだ尾を引いているのだろう。そうだ。
「羽海、これ、封印するの手伝ってくれない?」
「え……いや、それは……」
「羽海が不安に思うことは何となくだけどわかる。けど、どうしても必要なの」
「でも私は……」
羽海は言葉に詰まり、何かをかみしめるようにうつむいていた。
何か思うところがあるのだろう。
でも、それでも私には必要だから。
「私は浄化の力を使えないの。ただ封印するだけ。本当の意味では何も救えない。だから力を貸してほしいの」
「…………」
「それに、それだけじゃなくて。この前、羽海が歌っているのを見て……素敵だなって思ったの。だから……」
「え……」
羽海が顔を上げ、目が合った。不安がにじむまなざし。
だから……その後の言葉が続かない。
その先の言葉を探していた、その時だった。
「朱璃ちゃん、それと羽海ちゃん、ちょっといいかい?」
「え?」
「はい?」
マスターに呼ばれ振り向くと、電話を終え、受話器をおいたところだった。
「二人に伝言だそうだ」
コホンと小さく咳払いをして、口調を変えて話し始めた。
「えー、今回の依頼は二人で解決するように。羽海、報酬として、スペシャルなモノ、用意してもらったから、マスターに見せてもらいなさい。今回限りでもいいから絶対やるように」
「は?」
「え?」
内容からして、おそらく店長のモノマネのつもりらしい。
……が、残念ながら恐ろしく似ていなかった。
「で、その〝スペシャルなモノ〟が、これだ」
「ラングラー 111MJ!! しかもこの色落ち……完璧すぎる……」
羽海の目がぱっと輝く。先ほどまでの不安そうな雰囲気はどこへやら。
そんな私の視線に気づいたのか、バツの悪そうな顔で目をそらす。
しかしまたマスターの持つ〝ソレ〟に視線を奪われる。
「……」
「…………」
頭を抱え、苦虫を噛み潰したような顔で悩み始める羽海。
なんだか別の意味で気の毒になってきた……。
そして、ふいに何かを吹っ切るように首を振り、息を整えると言った。
「こ、今回だけ……」

