第12話 / DIGGIN’THE SOUL

 「う、うん……よろしく……」

 もしかして……意外とチョロいのかもしれない。
 っと、気が変わらないうちに。

 「じゃ、じゃあ、さっそく……」

 気を取り直して、VHSを手に取る。
 テープの外装は市販のSF映画のパッケージだが、あきらかに異質な空気を放っていた。

 「マスター、これ再生してみてもいい?」
 「ん? ああ、かまわないよ」 

 私はテレビデオの中に入っていたテープを取り出して、問題のVHSを入れる。
 カチャという音と共に、駆動音くどうおんが静かな店内に広がった。
 映し出されたのは、映画ではなく、家庭用ビデオカメラで撮影されたようなざらついた映像。
 場所は、松本駅前――ちょうど夏祭り当日の賑やかな街の様子だった。

 「うわ、懐かしっ。駅前こんな感じだったんだ……」

 はしゃぐ子供と家族の笑い声。
 浴衣姿の兄妹が手を取り合って踊っている。
 カメラを回しているのは、たぶん父親だ。
 楽し気な声が映像と重なる。

 「はい、こっち向いてー!」
 「わーいっー!」

 ~~~♪ ~~~~♪

 祭囃子まつりばやしにのせて歌う兄妹と母親。
 幸せそうな、何の変哲へんてつもない、ただそれだけの時間。
 かけがえないのないひととき。

 その映像を流すテレビデオから黒い靄が漏れだしていた。
 おそらくマスターには見えていないだろう。
 私は映し出された懐かしい夏の風景を見ながら呟いた。

 「……そっか、だから……」

 その想いが、陌霊へと変わる前に……。
 私は心を澄ませて、手を合わせる。

 「あなたの願いを教えて」

 静かにそうささやき、テレビデオにそっと手を触れた。
 パシン――という乾いた音とともに、頭の中に映像が流れ込んでくる。
 暗い室内。
 居間のテーブルには何本かのVHSテープが雑然と並んでいる。
 母親が、その中の一本を手に取る。
 ラベルには外国映画のタイトル。明らかに市販の……上書きしてはいけないテープ。
 けれど、母は気づかない。
 そのまま、デッキにセットされ、「録画」ボタンが押される。
 テレビには、先ほど撮影したばかりの夏祭りの風景が映し出されていた。
 浴衣姿の兄妹、笑い声。
 日常の、たった一夜のかけがえのない記録。
 母は、それを残すつもりだった。
 それは唯一残されていた、あの年の家族の想い出。
 場面が切り替わる。
 母が使わなくなったテープを何本か袋に入れ、近所のリサイクルショップへと足を運ぶ。
 その中に――
 家族の記憶を誤って宿した一本が、何気なく差し出されていた。
 その瞬間、私の頭の奥に、切ない声が響いた。

 『……帰りたい』

 残したい想いがそこにはあった。
 視界が、ふわりと現実へと戻ってくる。

 「この子、ずっと……帰る場所を探してたんだね」

 1980年。お祭りの記録が残るはずの一本。
 けれど、それは失われてしまった。
 抜け落ちた記憶と記録。
 家族の元へ、帰りたかった。
 もっと想い出を家族に届けたかった。
 それが、この付喪神の想いだった。
 優しく穏やかな声でささやくように言葉をかける。

 「大丈夫。きっと戻してあげるからね……」

 ふと横を見ると、羽海は口を閉ざし、目を伏せていた。
 指先が、小さく震えている。

 「……どうしたの?」
 「……っ、別に。なんでもないよ」

 声はかすれ、今にも消えてしまいそうだった。

 「……早く、終わらせよ」

 羽海は、一歩を踏み出し、祈るようにそっと目を閉じる。
 息を大きく吸って、静かに祈りの言葉、唄を紡ぎ始めた。

 ―――♪

 奉還ほうかんの唄が、空気を震わせる。
 しかしその唄には微かな〝ざらつき〟が混じっていた。

 ――迷い。
 ――悲しみ。
 ――そして、羨望。

 そんな感情が、唄を通して私の中へと流れ込んでくるのを感じた。
 それはあの時の想いを還すための唄とは違っていた。
 感情が唄に影を落としている。
 付喪神が激しく反応し、空間が歪む。
 映像の中でほほ笑んでいた家族が、ノイズに呑まれ、叫びに変わる。

 「羽海!!」

 思わず羽海の前におどり出る。
 陌霊化が加速度的に進行していた。
 このままではこの子も、羽海も危ない。
 私はとっさに祝詞のりとを唱える。

 天地同根てんちどうこん万物同体ばんぶつどうたい

 映像に映る家族が泣き叫び、暴れ狂っている。
 その姿は穏やかな記憶を塗りつぶそうという狂気に満ちていた。

 我が清浄わがしょうじょうを以て、九十九つくも汚穢けがれ打ち祓うちはらわん

 手のひらに力を宿し、黒い靄を払うように一閃。
 バチッという音を残して、それは霧のように消え去った。

 「羽海、もう一度……今度は、この子の声をちゃんと聞いて!」

 しかし、羽海は首を横に振る。

 「……くっ」

 映像を見てからの羽海の様子は明らかにおかしかった。
 ANIERAの時とも、RAMONEに来た時とも違う。
 まるで、見ないようにしていた何かに触れてしまったような。
 でも、それでも……。

 「この子は、帰りたいって願ってる。ただそれだけなんだよ! 完璧じゃなくていい。羽海の声で、帰れる場所があるって、教えてあげて!」

 私を見る羽海の目が、わずかに揺れる。

 「ごめん……ごめんなさい」

 届かない。
 今の私の言葉じゃ、羽海には届かない。

 「……ごめんね。ちゃんと封印できなくて。少しの間、眠っていてね」

 私は懐から緊急封印用の札を取り出し、祝詞を唱える。

 清浄しょうじょうたる水
 あま御山みやまことわり
 恵みの雨を以て
 八聖はちしょうに至る道を示せ

 陌霊が封印の力に必死に抗い、最後の抵抗を見せる。
 けれど、その力も徐々に弱まり、元のVHSの姿へと戻っていった。

 店内も落ち着きを取り戻す。
 そこにうずくまる羽海の唇が、震えていた。

「羽海……? 大丈夫? 羽海!」

 羽海は茫然としたまま、目じりに涙をにじませている。
 私はただそっと、寄り添うことしかできなかった。

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この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

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