第42話 / DIGGIN’THE SOUL

「琴乃ちゃん?」

 いつもなら、見せて見せてとせがまれるところだ。

「……ごめんね。心配かけて」

 さっきまでとは打って変わって、憔悴しょうすいした声。
 琴乃は俯うつむいたまま、動かない。

「……悠馬君と、なにかあったの?」

 私の質問に、琴乃の肩がビクッと震えた。

「…………」

 しばらくして、琴乃が顔を上げた。

「羽海ちゃんには、話したこと……なかったよね」

 コップを机に置いて、窓の外を見つめる。

「うち、両親はいつもいなかったし、お姉ちゃんはほら……あんな感じでしょ? だから、いつも悠馬と一緒だったの……」

 目の前にいる私たちではない誰かに語り掛けているみたいだった。

「私、今よりずっと内気で……友達もいなくて。でも、悠馬はずっと私の隣にいてくれた」

 声が少しずつ柔らかくなっていく。

「学校のペアも、放課後も、帰り道も、ずっと一緒で」

 そこで琴乃は笑顔を浮かべた。
 子供みたいな無邪気な笑顔。

「私ね、悠馬のことが好き。たぶん……初恋だった」
「……うん」
「だって、ずっと一緒だったもん。ずっとだよ?」
「琴乃ちゃん……」

 羽海が呼びかけたが、反応するそぶりもなかった。

「……この先も、ずっと一緒にいるんだって……そう思ってたもん」

 その瞬間だった。
 あどけなかった表情がスッと消える。

「――でも、違った」
「琴乃ちゃん?」
「違ったの……全然違った」

 口元だけが笑っている。

「何回も、何回も考えた。何がいけなかったんだろうって。どこで間違えたのかなって」

 彼女の瞳から、ふっと光が消えた。

「でもそうじゃなかった。そもそも最初から違ってたんだ」
「そんなことな――」
「あるよ!」

 私の言葉を遮さえぎる。

「だってSkylimがそう言ってた!」
「……」
「親友だって。私と悠馬は親友。恋愛相性は最悪。ほら、ちゃんと数字も出るんだよ?」

 琴乃がSkylimの画面を見せてくる。
 そこには恋愛相性0と表示されていた。

「だから間違ってるのは私なの。私の気持ちの方。普通はそうなの」
「琴乃ちゃん、それは――」
「普通はそうなの!」

 突然、声が跳ね上がった。言葉が出なかった。

「みんなそうしてる。みんな失敗しないようにって……なのに私だけ、私だけ――」

 視線が定まらないまま、続ける。

「悠馬が、すごく嬉しそうに言うんだ……俺たち親友だなって」

 ふっと力が抜ける。
 今にも泣きだしそうな声。

「私ね、ちゃんと笑おうと思ったよ。親友だねって。嬉しいよって。そう言わなきゃって思った」
「……うん」
「でも、言えなかったの」

 ぽろりと涙が落ちる。

「だって好きなんだもん」

 私は思わず琴乃に手を伸ばす。

「触らないで!!!」

 パチンと触れようとした手が弾かれる。

「こんなのマチガッテル。私の――私が――ワタシ――」
「琴乃ちゃん!」

 肩を掴む。肩がビクッと震える。

「見て。私だよ。朱璃」
「あ……」

 瞳に光が戻る。
 視線が合う。

「ご、ごめん。私、今……」

 額に汗がにじむ。

「なんかやっぱり……変、だよね。私……怖いよ」

 琴乃が自分の手をギュッと握りしめている。

「どれが本当の自分なのか、分からないの」

 握った手を開いて、一つずつ指を折る。

「好きって思う私がいて」

 もう一つ。

「好きになっちゃダメだって思う私がいて」

 もう一つ。

「親友でいなきゃって笑う私がいて」

 もう一つ。

「なんで私じゃないのって泣いてる私がいて」

 唇が震える。

「……消えちゃいたいって思う私がいる」

 羽海が琴乃を抱きしめた。

「私がさ……私がおかしいんだよ。きっと何かの病気なんだ――」

 言葉が詰まる。琴乃が顔をあげる。

「ねぇ、あーちゃん……」

 呼び方が、あの頃に戻っていた。

「私のこの気持ちは、おかしいのかな……」
「…………」
 
 ――あかりちゃんって、ロボットみたい
 胸の奥が、ちくりと痛む。
 
「あーちゃん、私……やっぱりおかしいんだよぉ。うわぁぁぁぁ」 

 奥歯がきしむ。
 その瞬間だった。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

目次