第45話 / DIGGIN’THE SOUL

 三章~筆跡ひっせき~
 
 ANIERAに戻ると店長が定位置でくつろいでいた。
 珈琲の香ばしい香りが鼻をくすぐる。どうやらお客さんも来ていないようだ。
 店長に一通りの事情を話し、件くだんの万年筆を差し出した。

「これは珍しいな~。セーラー万年筆か」

 店長の目が輝いている。相当珍しいアイテムだったようだ。

「セーラー万年筆?」

 琴乃が不思議そうに万年筆をのぞき込む。

「いわゆる日本で最初の国産万年筆だな。この状態で残っているのは珍しい。しかし、こんなものどこで……」
「うちの両親が、まつもと古市で買ってきた物みたいです。なんでも、その時作ってた家具の滲にじみを表現するのに参考にしたかったみたいで」
「なるほど、滲みを。確かに、万年筆のインクは独特な滲み方をするからな」

 まるで見てきたみたいな口ぶり。
 もしかして、この人、百歳超えてるんじゃ……。
 そんな軽口を言おうとして、あの時拾った紙片の事を思い出した。

「そうだ店長、これも見て!」

 その時だった。
 ピピピピッ、ピピピピッ――。
 奥でタイマーが鳴った。

「あーそうだった。ちょうど珈琲を淹れるところだったんだ」
「……」

 店長から珈琲というワードが出て、動きが固まる。
 隣を見ると、羽海も同じように固まっていた。

「ちょうどいい。お前たちの分も淹れてやろう」
「「えっ」」

 私と羽海の声が重なった。
 眉を顰ひそめる店長。

「なんだ? その反応」
「え、いやだって……ねぇ」
「う、うん……」

 顔を見合わせる私たち。

「いや、店長の珈琲はちょっと……」
「どう淹れたらあぁなるのって感じ……」
「な! 美味いだろうが!」

 美味しいとか美味しくないとかの次元じゃない気がする……。
 あれはもう、未知の飲み物っていうか……。

「ぷっ……はははは」

 やりとりを見ていた琴乃が吹き出した。

「私、店長さんの珈琲飲んでみたいかも」

 涙を拭きながらそう言う彼女を慌てて止めに入る。

「絶対やめといたほうが良いよ」
「悪い事は言わない、やめときなさい」
「おまえらなぁ……」

 店長は納得いかない顔のまま、ぶつぶつ言いながらキッチンへ向かった。

「砂糖とミルクは?」
「「両方!!」」

 当然。その様子に琴乃があり得ない言葉を口にした。

「じゃあ、私はブラック――」
「琴乃ちゃん、はやまらないで。まだ間に合うよ?」
「そうよ、まだ間に合う。せめて砂糖はつけておきなさい」
「おまえら、ほんと失礼だな!」

 恨み言を口にしながら戻ってきた店長は、私たちの前にカップを置いていく。
 私はひとつを手に取り、一口……。

「苦っ」
「……っ」
「にっがーーい!」

 三人で顔を見合わせる。
 それから、同時に吹き出した。
 立ち上る湯気の向こうで、琴乃が笑っている。
 ――ああ、よかった。柚木、ひとまず大丈夫そうだよ。
 店長はその苦すぎるコーヒーに口をつける。そして、うん。と頷いた。
 どうやら満足らしい。なぜだ。
 いぶかしげに見ていると私の視線に気づいたようで、カップを置いた。

「それで? どうしたんだ?」
「あ、そうだった!」

 店長の珈琲のせいですっかり忘れていた。
 私は握っていた紙片を見せる。

「店長、この子を封印したとき、琴乃ちゃんが握ってたの」
「私は見たことない、うちに紙なんてほとんどないし」

 店長より先に、琴乃が私の手から紙を取って、まじまじと眺める。

「うーん。間違いなくこの万年筆に関わりのあるものだろうな。万年筆と紙はセットのようなもんだ」
「万年筆と紙……」

 琴乃がじっと万年筆と紙を交互に見比べる。
 羽海が何かに気付いたように声をあげた。

「それ、光に当たったところだけ、少し色が違わない? 薄くなってるところと、そうじゃないところがあるような……」
「薄いところと、濃いところ。もしかして」

 店長が何かに気付いたように呟くと店の引き戸からライターを取り出して紙を炙り出した。

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この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

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