第43話 / DIGGIN’THE SOUL

 ――ガタン。
 
 家の奥で乾いた音が鳴った。
 琴乃の肩がびくっと跳ねる。

「朱璃、今のって」
「……うん」

 一歩前に出る。
 ――カタン、……カタン。

「え、なに……なにが起きて……」
「琴乃ちゃん、今は何も聞かずについてきて。一人になるのは危ない」

 部屋を出て、リビングの方へ向かう。

「私の手を握ってて」

 羽海が琴乃の手を取る。
 リビングに出ると、気配がはっきりとしてくる。
 あのリビングの奥の扉――

「琴乃ちゃん、あそこってなに?」
「え? あぁ、あそこ、親がインテリアの参考に骨董品こっとうひんとか集めてる部屋……」
「ごめん、勝手に入るね」

 そのままドアを開ける。
 部屋には骨董品が所狭しと並んでいた。
 年代物の壺や家具、文房具、印刷機……ANIERAでも見かけない、ダイヤル式のテレビもある。

「すごいね。これ全部両親のコレクション?」
「うんたぶん。私も久しぶりに入ったけど……」

 ――ガタガタガタ。
 部屋の中央だった。

「羽海、琴乃ちゃんをお願い」
「うん、任せて」

 羽海が琴乃の前に立つ。
 胸の前に手を重ね、結界をつくりだす。
 琴乃が羽海の袖そでを掴む。

「ねぇ……何が起きてるの?」
「大丈夫。私が守るから」

 テーブルの上にある木の箱がガタガタと揺れている。

「琴乃ちゃん、そこ動かないでね」

 一瞬だけ琴乃の方を見て、テーブルに向かう。
 木箱の揺れが激しくなる。
 手を伸ばそうとした――その瞬間。
 蓋ふたが弾け飛び、中から何かが飛び出してきた。

「あれって……万年筆?」

 一本の古びた万年筆。
 一瞬だけ宙に浮き、そのままテーブルの上に転がった。
 ――カリ。
 紙をひっかくような音。
 次の瞬間、ペン先からインクがあふれ出してきた。
 黒い液体が空中に滲にじむ。
 そのままゆらゆらと揺れる塊になった。
 ――ポタッ。
 黒い液体が机に垂れる。

「朱璃、あれ!」

 羽海が机を指さす。
 その先にあったのは白い紙だった。
 黒い液体が紙の上に広がる。
 ゆがんだ線を描いていく。
 ゆらゆらと揺れる。
 ゆがんで、形になりかけて――
 霧散むさんしてしまう。
 別の線を描いていく。
 また揺れて形にならず消えていく。
 読めそうで、読めない。

 ――この子、何か伝えたがってる。

 指先が自然に動いた。
 黒い塊に触れて、静かにつぶやく。

「……あなたの想いを教えて」

 黒い液体は一斉に広がり、世界を闇が包んだ。
 
 ―――
 
 真っ暗な世界に、光が差す。
 光は徐々に広くなり、景色が浮かび上がる。
 初夏の午後。障子しょうじ越しの柔らかい陽が部屋を照らしている。
 机の上には、広げられた日記帳。
 紙の端が少し擦れている。
 その傍かたわらに、万年筆はあった。
 女性はそれをそっと手に取り、目の前の真っ白な紙にインクを落とした。
 
 庭にアジサイが咲きました。
 綺麗なアジサイです。
 あなたがいたら、きっと立ち止まってくれたでしょうね。
 そして、少し照れたように、良い色だね、と笑ってくれたでしょうか。
 
 誰に伝えるでもない。
 ただ、そこには、いつも同じ人がいた。

 ――あなたがいたら

 それが、呼吸するように自然と滲んでいる。
 ページがめくられる。
 次の日、また次の日。

 今日は雨です。
 軒先のきさきの音を聞いていると、なんだか落ち着きます。

 あなたは雨が嫌いでしたね。
 髪が濡れるのが嫌だと言っていました。
 だから私は、あなたの代わりに、雨を好きでいてあげようと思ったのです。
 
 ページが進むにつれ、文字の隙間が増えていった。
 余白が、少しずつ広がっている。
 
 あなたに会えないまま、また季節が変わりました。
 最近は、身体も思うように動かせなくなってきました。
 もう歳ですね。あなたは、どこかで元気でいるかしら。
 
 頭に流れ込む映像の中で、万年筆のインクが歪む。
 まるで万年筆が泣いているようだった。
 
 私は今日も、あなたを想っています。
 
 その一行を最後に、再び世界が闇に包まれる。
 湿り気のある黒。
 冷たい。
 
 ――陌霊ばくれいの、気配がした。

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この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

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