私と羽海は団地の裏庭に出て簡易祭壇を設けた。
咲たちには私のことが悟られないよう、少し離れた場所からみてもらっている。
「それじゃ朱璃、封印をお願い」
「任せて」
羽海の声に頷き、私は一歩前へ出た。
深く息を吸い込む。
――意識を集中すると、世界が変わる。
街の喧騒も、遠くを駆ける車の音も、木々を揺らす風のざわめきも、すべてがすうっと遠のき、静けさが満ちていく。
掛けまくも畏き九頭龍の大神
戸に秘し言霊の神よ
迷いし九十九の山霊に
聞こし給ひ届け給へと
かしこみかしこみ
願い申す
左目に、静かな紅の炎が灯る。
髪飾りの中心にも炎のような光が立ちのぼる。
宿り木に住まう山霊よ
御身の願い
此処に聞き届けたり
光はしばらく、ゆらゆらと穏やかに揺れていた。
まるで呼吸をしているかのように明滅を繰り返している。
そして、すっと静かに消えていった。
「羽海、あとはお願い」
私はそう告げて、一歩後ろへ下がる。
入れ替わるように羽海が前へと進み出た。
そっと目を閉じる。
羽海の蒼い髪が揺れ、ふわりと舞い上がる。
やがて淡い光に導かれるように、精霊たちの姿が、ひとつ、またひとつと現れた。
静かに舞い上がる光は、粒子となって空気へと溶けていく。
「……綺麗」
咲がその不可思議な情景に息を飲むように呟く。
その隣で彼女の母親もまた目を見開き、静かに見守っていた。
―――♪♪♪
羽海の澄んだ歌声が周囲を包み込んでいく。
その歌は時間の流れを遅らせるように、静かに優しく心の奥に染み込んでいく。
舞い踊る精霊たち。
空気に溶けていく光の粒。
やがて髪飾りから溢れた白い光が、ゆっくりとひとつの形をなしていく。
少女のような姿となり、まっすぐと咲の方へ手を伸ばす。
それは微笑んでいるように見えた。
「……幸せになってね」
その言葉と共に光は霧のようにほどけ、溶け込むように消えていく。
羽海の瞳から一筋の涙が伝って落ちていった。
「羽海、大丈夫?」
彼女は小さくうなずく。
「ええ……想いに触れて……。とても、温かかった」
私は髪飾りをそっと拾い上げて、咲のお母さんに差し出した。
「もうこの髪飾りは大丈夫です。だから、もう一度……この髪飾りを、咲に渡してあげてください」
咲のお母さんは頷き、少しだけ震える手で髪飾りを受け取った。
一度胸の前でキュッと抱きしめ、そっと咲へと差しだす。
「咲……ごめんね。お母さんの娘に生まれてきてくれて、ありがとう。幸せになってね」
咲はそれを両手で包み込むように受け止め、笑顔を浮かべた。
「お母さん……ありがとう。私は優希と一緒に、今よりもっと幸せになるよ」
咲の笑顔は、母とよく似て、優しい温かさを宿していた。

