三章~絡霊~
「店長! 私行ってくる!」
「待て。準備してからでも遅くない」
「でもっ!」
「まずは落ち着け。行くなとは言ってない」
店長がいつになく強い口調でそう言った。
「焦ってもどうにもならないことくらい分かれ。彼にも現場を離れるように言ってある。充分に準備してからだ」
「そんなことっ……」
分かってると続けようとして、息を切らしている自分に気がついた。
私の焦る様子を心配そうに伺う羽海の視線に気づき、浅く深呼吸をする。
「落ち着いてきたな、状況を整理してみろ」
店長に促され、私は優希くんからきた電話の内容を思い出す。
話によると、あの同窓会のすぐ後のことだったらしい。
咲と、突然連絡が取れなくなったという。
心配になった優希くんは咲の家を訪ねたが、呼びかけても反応がない。
意を決して扉を開け、中に入ろうとした瞬間。
〝見えない壁〟にぶつかったように弾き飛ばされ、家の中へ入れなかったらしい。
でも、その先に見えたのは、リビングで母親と談笑する咲の姿。
まるで、そこに〝日常〟だけが取り残されているかのようだった。
何度も大声で呼びかけても、二人は振り向かない。
異様な笑い声だけが、遠くから途切れ途切れに響いていた。
恐怖と混乱で立ち尽くす中、優希くんは、同窓会の夜に咲が話していたことを思い出したらしい。
「何かあったら、ココに電話して」と話していたこと。
心配性だよね~、と笑い話にしていたらしいが、今、その不安は現実のものとなっていた。そして私に電話をかけたという。
「陌霊が……咲と咲のお母さんを閉じ込めてる」
「間違いないだろう。二人とも、その影響下にある。だが精神汚染には至っていない」
精神汚染に至れば、その影響は二人だけではなく周囲にも撒き散らされる。
近くまで行った優希くんもただではすまなかっただろう。
「わかった。じゃあまずは私が空間を破る。そのあと、陌霊を弾き飛ばして封印すればいいね」
隣で話を聞いていた羽海が、ほっと息をついたのが見えた。
その様子を見て、店長が腕を組んだまま口を開く。
「落ち着いてきたな。だが、一つ問題がある」
「え?」
何のことだろう? と首をかしげる。
やるべきことはいつもと同じ。
そのはずだった。
「お前、祈祷師だってバレるぞ」
「あっ……」
思わず声を上げる。そうだった。
その場で力を使えば、咲たちに正体が知られてしまう。
「お前がそれでいいなら構わんが……そういうわけにもいかないだろ」
店長の言葉が、ずしりと胸に落ちる。
高校時代からずっと隠してきたことだ。
今さら〝実は祈祷師なんです〟なんて言えるはずがない。
「そこで、だ」
店長が、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
あ、絶対なんか企んでる。
「羽海が祈祷師ってことにして、〝朱璃は友人を紹介した〟って体でいけばいい」
「なるほど!」
「いや、なるほどじゃないでしょ」
ガッテンポーズを決めた私に、ほっと息をついていた羽海が立ち上がりツッコミを入れた。
「店長、なんで私が……」
「まぁまぁ、いいじゃないか」
「ねぇお願い〜。友達のためなの~」
すがりつく私を、羽海が思わず一歩引いて見た。
「う……わかったわよ、もう」
「やった~! ありがと~~。羽海~!」
そうと決まれば、友達のためにじっとはしていられない。
「早く咲の家に行かないと。行くよ、羽海!」
「……友達……」
「どったの? 羽海」
「……ううん、なんでもない」
「そ? それじゃれっつごー!」
「ちょ、ちょっと……!」
私は羽海の手をつかんで、強引に店の外へ引っ張り出した。

