第32話 / DIGGIN’THE SOUL

 咲の家は松本市並柳なみやなぎの団地にあった。

「えーと、413号室……」
「こっちだよ、私についてきて!」
「う、うん。わかった」

 団地特有の同じような外観の部屋がずらりと並ぶ。
 それでも迷うことはない。
 何度も来たからかはっきりと覚えていた。咲の家のあるフロアについたその時だった。

「つつ……」

 咲の家のあたりから、弾き飛ばされる青年の姿が目に入ってきた。
 廊下の壁に激しく叩きつけられ、鈍い音が響く。

「優希くん!?」

 私たちは駆け足で彼のもとへ向かった。
 優希くんは痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと立ち上がる。
 衣服のあちこちが焦げ、肌には焼けたようなあとが残っていた。

「つつ……あ、朱璃さん。それと……」
「あ、こっちは羽海。えっと――」
「祈祷師の白砥しらと羽海うみといいます。よろしくお願いします」
「あなたが……。優希です。よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げた優希くんの表情は、疲れ切っているようだった。

「なんでここにいるの?」

 電話では〝危険だから離れておくように〟と伝えていたはず。

「すみません……でも、どうしても心配で……」
「まぁ、そうだよね。でも大丈夫。私たちが、絶対になんとかするから」

 そう言うと、羽海が私の肘を軽くつつく。

「あっ……なんとかしてくれるはず!」
「……はい。絶対なんとかします。安心してください」
「……よろしくお願いします」

 私は焦げた衣服を指さして言った。

「優希くん、それ……」
「あ、気をつけてください。玄関に入ろうとするとこうなるんです」

 羽海と顔を見合わせる。
 陌霊が人に影響を及ぼすほどの攻撃性を持っている――
 となると、状況は思っていたよりも深刻だ。

「わかりました。少し離れててください」
「はい……」

 優希くんは羽海の指示に従い、玄関から数歩下がって廊下の方へ移動した。
 団地の作りもあって、そこからは玄関の中が直接見えない。
 私たちが何をしているかも、きっと見えないはずだ。
 私と羽海は改めて玄関へと向き直った。
 ドアは開け放たれ、部屋の中は明らかに影が濃い。
 その境目さかいめが、はっきりと見て取れる。
 陌霊の影響下にあるのは間違いない。
 中では何にも気づかず、母親と談笑する咲の姿。
 二人とも無事なようだが、どんな影響を受けているのかはわからない。

「朱璃……」

 心配そうにこちらを見る羽海に、私は親指を立てて応えた。
 玄関先。境界線に手を伸ばす。
 優希くんの話では、触れた瞬間に弾かれ、焼けるような衝撃を受けるという。
 ――手を触れた瞬間、壁のような感触。
 祈祷師の結界にも似た波動はどう。だが、陌霊特有のゆがみが混じっている。
 それでも、弾かれることはなかった。

「あれ……?」

 顔を見合わせる。
 羽海も恐る恐る触れたが、やはり何も起きない。

「これって……」

 こぶしを作って軽く叩いてみる。

「いった……」
「なにしてんのよ……」

 右手を振る私に、呆れたようなため息をつく羽海。
 しかし、弾き返される気配はない。
 代わりに、〝こちら側〟を拒む力だけが、じりじりと圧を放っていた。

「あの……大丈夫ですか?」

 優希くんの声がした瞬間――
 手のひらに伝わる波動が一気に濃くなった。
 陌霊が反応している。

「優希くん! ごめん、下がって!」
「え、あ、はい!」

 優希くんが慌てて廊下へ下がると、気配が再び薄れていく。
 ――やっぱり。
 彼を認識したときだけ、陌霊が活性化する。
 羽海を見ると、彼女も同じ結論に辿り着いたようで小さく頷いた。
 この壁を破って、〝あれ〟を弾き飛ばす。
 それで、封印できる。
 私は深く息を吸い、静かに目を閉じた。

 天地てんち同根どうこん万物ばんぶつ同体どうたい

 祝詞のりとを唱える。
 身体の奥に水の流れるような感覚。
 視界が澄み渡り、目の奥はジワリと熱くなる。
 あかい光が視界ににじみ、右手に力が集まっていく。

「せーのっ、どん!」

 掛け声とともに拳を振り抜いた。
 バリンとするどい音を立て、結界が砕け散る。

「さすが朱璃……」
「よっしゃ!」

 羽海が少し引いた顔をしていたが、気にしない。
 そのまま部屋へ突っ込む。
 咲と母親は、何も気づかずに談笑を続けていた。
 その中央。リビングの空中に浮かぶ〝髪飾り〟。

「やっぱり、あれだね」

 力が強い。ここでは封印どころか、どんな影響が出るかわからない。

「朱璃、大丈夫!?」
「へいっき!」

 羽海も部屋に入り、咲たちの無反応に目を見開く。

「ごめん、あとよろしく!」

 私の言葉に羽海が頷く。
 跳躍と同時に右拳を振り上げ、浮かぶ〝髪飾り〟を撃ち抜いた。
 ――ガシャアン
 髪飾りは弾き飛ばされ、ベランダの窓を突き破る。
 その瞬間、咲と母親の体が同時にふらりと揺れ、意識を失った。
 私は二人を横目に、割れたガラスの向こうへ飛び出す。

「あのバカ……! ここ、四階よ……!」

 羽海の声が背中越しに響いた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

目次