団地裏の広場に着地した瞬間、髪飾りが手を離れ、鋭い光を放ちながら変容
を始める。
黒髪と赤い紐が渦を巻くように空を舞い、帯のようにうねりながら、やがて人の形を成していった。
「……うぅ、あ、ああ……」
呻き声とともに姿を現したのは、黒髪の付喪神。
「人型、か。色々話したかったけど……淑女の嗜みが、ちょっと足りないんじゃない?」
目を逸らさず構える。
「咲と優希くんは、私の大切な友達。……手は出さないで」
「う、ああああああ――ッ!」
その叫び声とともに、無数の黒髪が触手のように蠢き、襲いかかってきた。
かわす。捌く。しかし、数があまりに多い。
左足を絡め取られ、空中に引き上げられる。
「っ、しまった……!」
私は体をひねり、右足で黒髪の根元を蹴り裂いた。
拘束が解けると同時に、反動で体が宙に浮く。
地面に叩きつけられる――寸前、腰をひねって体勢を立て直し、ぎりぎりで着地する。
「あっぶな……スカートだったらどうすんの!
思わず口をついて出た軽口に、自分で苦笑いする。
軽くジャンプして足裏の感覚を確かめ、姿勢を整えた。
「いくよっ!」
一気に駆け出し、背後から回し蹴りを放つ。
直撃の寸前、その黒髪が反応し、私の右足を絡め取った。
そして再びそのまま地面へ叩きつけようとする。
「……ッ!」
拘束を断ち切ろうと右手で手刀を構えた瞬間、その髪が裂けるように二つに分かれ、蛇のように伸びて手首に巻き付いてきた。
「……ぐっ……! 何本あるのよ、反則じゃん……」
さらに宙に持ち上げられた、その時――
「朱璃!!」
羽海の声。
咲の部屋から駆け出してきたのか、肩で息をしながらこちらを見ている。
一瞬、付喪神の意識が羽海へ逸れた。
――今!
両足で黒髪の根元を挟み込み、体を引き寄せる。
「はっ!」
その反動で頭部へ踵を叩きこむ。
締め付けが緩んだ隙に体を捻って抜け出し、大きく距離を取った。
「羽海、ナイス! でも危ないから前に出ないで!」
「……まず一人で飛び出したことを謝りなさいよ」
羽海の声に、私は少し笑って答えた。
自分で思っていたよりも頭に血が上っていたらしい。
「ごめんごめん。ここからはちゃんとやる」
呼吸を整え、意識を集中させる。
その時、羽海の唄が周囲を包んだ。
~~~♪
羽海、サンキュ。と、心の中で呟く。
これで外に悪影響を及ぼす心配も、力が撒き散らされることもない。
「……終わらせよっかね」
地を蹴る。
一気に踏み込み、拳を突き出す。
我が清浄を似て
九十九の汚穢を打ち祓わん。
紅の光をまとった拳を、真正面から怪異の顔面に叩き込む。
「――ッ!!」
悲鳴のような音とともに、黒髪が崩れ、光がはじけ飛ぶ。
その身体はほどけるように消え、残ったのはただ――
カラン。
乾いた音を立てて転がる髪飾り。
「……とりあえず、大人しくなったかな」
私は近づき、髪飾りを拾い上げる。
背後から足音。
振り向くと、羽海が肩で息をしながら立っていた。
「……大丈夫そうね」
「うん、羽海、サンキュッ」
「なんとかなって、よかったわ」
ぶっきらぼうな返事。
羽海のそういうとこ、嫌いじゃないなって思うよ。
「朱璃〜!」
どうやら目を覚ましたらしい。
ベランダから咲と優希くん、それに咲のお母さんが覗いていた。
心配そうに覗き込む顔に向け、私は大きく手を振った。
想いがあふれ出した髪飾りは、静けさを取り戻していた。
かすかに揺れる光が、まだ何かを訴えかけているようだった。

