第34話 / DIGGIN’THE SOUL

 四章~露心ろしん

 私、羽海、優希くん。そして、目を覚ました咲と咲のお母さん。
 静かになった髪飾りを囲み、テーブルに座っていた。
 咲たちに羽海を紹介し、これまでに起こったことを順に説明する。
 四人とも、話を聞きながらも現実感をつかめずにいるようだった。
 身を持って体験した出来事でさえ、理解が追いつかない――そんな表情。
 しばしの沈黙が流れる。
 その空気を断ち切るように、羽海がそっと髪飾りを手に取り、口を開いた。

「この髪飾りには付喪神という神様のような存在が宿っているんです。それが色々な原因で陌霊という……怪奇現象を起こす存在になってしまっていたんです」
「……ツクモガミ? バクレイ?」

 耳慣れない言葉に戸惑う咲。
 羽海は淡々と続ける。

「そして今回の……おそらく最近の〝不運な事故〟も〝さっきの現象〟も、それが原因です」

 羽海は手に取った髪飾りを見つめる。

「それらを解決するのが、祈祷師の役目なんです。今はおとなしくなっていますが……。きちんと封印して、浄化してあげないと……また暴れ出します」
「封印すれば……大丈夫ってこと?」
「はい」

 私は思わず、羽海に目を向けた。
 彼女はその意図に気づいたのか、「それじゃすぐに……」と言う咲の言葉を遮るように言った。

「ですがもうひとつ……私からお願いが」
「お願い?」

 咲と咲のお母さんをまっすぐ見つめそう言った。

「この付喪神の〝声〟を、想いを、聞いてあげてくれませんか」
「……こえ? でも、大丈夫なの……?」

 不安そうな咲の問いかけに、羽海は優しく微笑みを作った。

「今ならきっと大丈夫なので」

 羽海は髪飾りを撫でるようにそっと指を添えた。

(……あなたの唄を、聞かせて)

 ふっと空間の温度が下がる。
 髪飾りから黒い光の靄がゆらめき、かすかに、声が響いた。

「……離さない……ずっと一緒に……わたしが……守る……」

 怨嗟えんさでも、暴力的でもない。
 ただ切実な、その言葉とともに、部屋は柔らかな光に包まれた。

 ―――

 窓辺に差す柔らかな光の中で、母は娘の髪をかしていた。
 細く、しなやかな髪が指先に絡むたび、この子がまだ小さかった頃を思い出す。

 咲は、よく笑う子だった。
 どんなに貧しい日々でも、どんなに苦しい夜でも、
 喧嘩して「お母さんなんか大嫌い!」と泣き叫んだ時も、
 最後には二人で笑いあっていた。

「お母さん、だいすき」

 その言葉と笑顔を何度ももらって、私はそのたびに救われていたことに気づいた。
 その笑顔を見ることが、私の生きがいだった。

 誰かに追われているような、息もつけない日々。
 疲れきって帰っても、この子の寝顔を見るだけで、胸の奥の痛みが溶けていった。

 夫がこの世を去った日、
 私は心に誓った。

 どんなに苦しくても。
 どんなにつらくても。
 この子は、私が護る。
 この子だけは幸せにする。

 それだけを支えに生きてきた。
 この小さな背中を護るために。

 けれど気づけば、あの子の背は私より高くなっていた。
 誰かの名前を、嬉しそうに話すようになった。

 その笑顔を見たとき、ふと胸の奥がざわついた。
 ――あぁ、こんな顔もするんだ。
 私の知らない表情。
 私の知らない誰かが、この子を笑顔にしている。

 それが嬉しくもあり、少しだけ寂しかった。
 私の知らない笑顔を知る誰か。
 きっとこの先は、その人があの子を護ってくれるのだろう。
 そう思えば、安心できるはずだった。

 なのに――

「結婚する」と告げられた日、胸の奥が、きゅっと痛んだ。

「本当におめでとう」

 心から出た言葉。
 本当に、嬉しかった。
 彼女の幸せを願って、笑顔で受け止めた。

 ずっとこの日を待っていたはずなのに。
 聞いた瞬間、涙が出ると思っていたのに。

 ……どうしてだろう。
 涙は一滴もこぼれなかった。

 嬉しさと寂しさ、誇らしさと喪失感。
 すべてが絡まり合って、胸の奥で静かに揺れていた。

 それでも私は、精いっぱいの笑顔を作って言った。

 ――どうか、ずっと笑っていてね。

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この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

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