第36話 / DIGGIN’THE SOUL

 私と羽海は団地の裏庭に出て簡易祭壇かんいさいだんを設けた。
 咲たちには私のことが悟られないよう、少し離れた場所からみてもらっている。

「それじゃ朱璃、封印をお願い」
「任せて」

 羽海の声に頷き、私は一歩前へ出た。
 深く息を吸い込む。

 ――意識を集中すると、世界が変わる。
 街の喧騒けんそうも、遠くを駆ける車の音も、木々を揺らす風のざわめきも、すべてがすうっと遠のき、静けさが満ちていく。

 けまくもかしこ九頭龍くずりゅう大神たいしん
 言霊ことだまかみ
 まよいし九十九つくも山霊さんれい
 こしたまとどたまへと
 かしこみかしこみ
 ねがもう

 左目に、静かな紅の炎が灯る。
 髪飾りの中心にも炎のような光が立ちのぼる。

 宿やどまう山霊さんれい
 御身おんみねが
 此処こことどけたり

 光はしばらく、ゆらゆらと穏やかに揺れていた。
 まるで呼吸をしているかのように明滅めいめつを繰り返している。
 そして、すっと静かに消えていった。

「羽海、あとはお願い」

 私はそう告げて、一歩後ろへ下がる。
 入れ替わるように羽海が前へと進み出た。
 そっと目を閉じる。
 羽海のあおい髪が揺れ、ふわりと舞い上がる。
 やがて淡い光に導かれるように、精霊たちの姿が、ひとつ、またひとつと現れた。
 静かに舞い上がる光は、粒子りゅうしとなって空気へと溶けていく。

「……綺麗」

 咲がその不可思議な情景じょうけいに息を飲むように呟く。
 その隣で彼女の母親もまた目を見開き、静かに見守っていた。

 ―――♪♪♪

 羽海の澄んだ歌声が周囲を包み込んでいく。
 その歌は時間の流れを遅らせるように、静かに優しく心の奥に染み込んでいく。
 舞い踊る精霊たち。
 空気に溶けていく光の粒。
 やがて髪飾りから溢れた白い光が、ゆっくりとひとつの形をなしていく。
 少女のような姿となり、まっすぐと咲の方へ手を伸ばす。
 それは微笑んでいるように見えた。

「……幸せになってね」

 その言葉と共に光は霧のようにほどけ、溶け込むように消えていく。
 羽海の瞳から一筋の涙がつたって落ちていった。

「羽海、大丈夫?」

 彼女は小さくうなずく。

「ええ……想いに触れて……。とても、温かかった」

 私は髪飾りをそっと拾い上げて、咲のお母さんに差し出した。

「もうこの髪飾りは大丈夫です。だから、もう一度……この髪飾りを、咲に渡してあげてください」

 咲のお母さんは頷き、少しだけ震える手で髪飾りを受け取った。
 一度胸の前でキュッと抱きしめ、そっと咲へと差しだす。

「咲……ごめんね。お母さんの娘に生まれてきてくれて、ありがとう。幸せになってね」

 咲はそれを両手で包み込むように受け止め、笑顔を浮かべた。

「お母さん……ありがとう。私は優希と一緒に、今よりもっと幸せになるよ」

 咲の笑顔は、母とよく似て、優しい温かさを宿していた。

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この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

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