第23話 / DIGGIN’THE SOUL

 エンドロール

 あがたの森音楽祭。
 地域振興ちいきしんこうの一環として始まった音楽祭は、毎年文化会館で開催されてきた。
 地域の音楽団体や各学校の合唱部が参加する地域に根ざしたお祭りだ。
 近年では文化会館だけではなく、公園でのミニステージや露店、フリーマーケットも開かれるようになり、ちょっとしたイベントとして賑わいを見せている。
 羽海が出演するのは文化会館で行われるメインステージ。
 合唱団体やダンスグループが並ぶプログラムの中で、RAMONEは毎回R&Bのおじさんバンドで参加している。これが辺りでも評判になるくらいには格好いい。
 ちなみにあの時の合唱団の高校生たちも参加している。

「羽海、緊張してる?」
「そりゃ、ね」

 彼女は出演を前にそでで待機していた。
 あのRAMONEの依頼報酬のデニムジャケットを身にまとっていた。
 彼女はここに来るまでの間、何度も手のひらに〝人〟という文字を書いて飲み込む仕草をしていた。
 唄の巫女の儀式? と聞いてみると、緊張をほぐすおまじないだという。
 不思議なことをするものだ。

「羽海なら大丈夫だよ。だって……」
「うん。私は――――」

 羽海の言葉にフフッと笑う。
 あのときと同じ。だから大丈夫だ。

「それじゃ、私も客席から見てるから。頑張って」
「うん、ありがと。朱璃」

 呼び止められ、振り向く。

「最後まで、聴いてってね」
「? もちろん」

 そう答え、小さく手を振って、自分の席に戻った。

 ここに来る前に、あがたの森全域に〝奉還〟の力がいきわたるように札を設置してきた。
 あとは羽海の唄で、ここ一帯に干渉した陌霊の影響はなくなるはず。
 もう私にできることは羽海のステージを見守ることだけだった。
 ブザーの音と共に文化会館のホールが暗転する。
 そして、ステージにライトがおちた。
 中央にはマイクスタンド。
 それを取り囲むように、ギター、ベース、ドラム、キーボードが並んでいる。
 下手にあのグランドピアノが据えられ、楽譜が置かれていた。
 バンドメンバーがそれぞれのセクションに着く。グランドピアノには誰も座らない。
 袖から羽海が現れる。
 パチパチパチという拍手と共にざわつく場内。
 いつもならここにおじさん(RAMONEのマスター)が立つはずが、急に女の子が現れたのだから当然だろう。
 彼女がマイクの前に立つと打って変わって沈黙が流れる。
 ドラムの深いビートが空気を震わせ、ベースの低音が重なる。
 ギターのクリーントーンが滑らかに絡み、キーボードが温かい音色で彩りを添える。
 その重なりあう伴奏に、ささやくように羽海が歌声をのせた。

 ~~~♪
 ~~~♪

 その唄は、音楽祭の場にありながらも観客をんでいた。
 そうしていると誰も引いていないピアノと楽譜が薄っすらと輝き始める。
 旋律に合わせ、キラキラとしたもやのようなものが浮かび、旋律に合わせ揺れ動いている。
 誰にも見えていないだろう、が、私には分かった。あの子たちも喜んでいる。
 まっすぐと中空を見つめて唄う羽海の声は聴く者の胸に染み渡っていく。
 あの日の唄よりも穏やかで、焦りや恐れがどこにもないよう。
 ただ、そこに在る。
 その在り方は、彼女自身の輪郭りんかくとぴったり重なっていた。
 目を閉じて感じていたくなる心地よさと、ずっと見ていたいと思わせる舞台。
 それは素晴らしいステージだった。
 歌が終わると、羽海は深く頭を下げた。
 バンドのキーボードが前に出て一礼し、ピアノの前に座った。
 ステージが再び明るく照らされる。
 羽海はマイクをスタンドから手に取り、客席に向かって口を開いた。

「聞いてくれてありがとう。最後にもう一曲だけ」

 羽海がそう言うと再びライトが落ち、会場が静まる。
 ピアノの音が、一音、二音と鳴り始める。
 そして再びバンドの重なり、それを追うように羽海の歌声が響き渡る。
 私は思わず目を見開いた。
 先程までの神聖的な雰囲気とは全く違う。
 子どものように無邪気で、楽しげで、ただ歌うことを喜んでいる声だった。
 彼女は私の視線に気づいたのか、ニヤリと笑ったのが見える。
 してやられた。
 会場全体が盛り上がっていく。
 羽海が「みんなも一緒に」とマイクを向ける。
 歌い始める会場。
 音が旋律となって胸の奥に染み込んでいく。
 ピアノはひときわ輝きを増し、音楽が会場を満たした。
 歌い終わった瞬間、嵐のような拍手が響く。
 羽海は深く一礼し、歓声とともに袖へと下がっていった。
 入れ替わるようにRAMONEのマスターがステージへ。
 会場は喜びと楽しさに満たされていた。

 文化会館の前で羽海を待っていた。
 ゾロゾロと出てくる観客たちが様々なことを話している。

「あのピアノ、昔ここで弾いたことがあるんだ」というおじいさん。
「いつかここでコンサートをしたい」と話す小学生。
「歌の練習でよく来たわよね」と話す女性グループ。

 それぞれが思い出を口にしながら、文化会館をあとにしていく。
 喧騒はゆっくりと積み重なっていく。

 ステージ衣装のまま、羽海がでてきた。
 あのデニムジャケット、よほどお気に入りらしい。
 ニット帽とサングラスを合わせている。
 彼女は私と目があったことに気がつき、照れ隠しのように笑った。

「どうだった?」
「最高だったよ」
「なにそれ、適当」
「だって……本当に最高だったんだもん」

 彼女は顔を赤くして、「やめてよ」と小さくつぶやいた。
 その後すぐに向き直ってきた。

「朱璃」
「ん? なに?」
「ありがと」
「今日は楽しくて、嬉しくて――やっぱり歌が好きだって思った」
「良かったね、羽海」

 私がそう言うと、羽海は照れくさそうに笑った。
 それをごまかすようにまた口を開く。

「あ、そうだ。最後ね、朱璃にだけ隠してたんだ」
「えーなんで! 最初から決まってたなら教えてくれても良かったのに!」
「でも驚いたでしょ?」
「そりゃ、ね。びっくりしたよ」
「フフッ仕返し」
「え、なんの?」
「内緒」

 そういう彼女の声は、驚くほど柔らかかった。

 ――もう、この子はあの時の場所には戻らない。
 歌わない理由を探す日々も、きっと終わった。
 胸の奥で何かがほどけていくのを感じながら、私は少しだけ先を歩く羽海を背を見つめ続けた。

 ――モノに宿る想いは、形を越えて人々の記憶に残る。
 私は先を歩く羽海の横顔をちらりと見て、心の中でうんうんと頷いた。
 たぶんこの先、まだいくらでも厄介な陌霊と出会うだろう。
 戦いも迷いも、尽きないはずだ。
 でも、今日みたいな帰り道を、また歩けるのなら――大丈夫。
 私の方を振り向く彼女を見返し、ほんの少しだけ、いたずらっぽく笑った。

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この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

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