五章~還舎~
「そうか。それにしてもまさか二人でなんてな……よくやったよ」
店長がコーヒーを片手にそう言った。
すでに日が暮れかかっている。
あの後私たちは肩を貸し合い、なんとかANIERAに辿り着き、事の顛末を報告した。
疲れ切っていたせいか、私たちはそのまま店のソファに倒れ込むように寝てしまった。
店長が諸々の後処理を終えたのは翌日の朝だったらしい。
私たちは昼過ぎに起きたところを店長に捕まり、詳細な報告書を仕上げていた。
ちなみに起きてすぐにシャワーを借りたので、あしからず。
「羽海が唄ってくれて、なんとかなったんだ。ねー、羽海」
「べつに……朱璃が助けてくれたから。もう怪我、大丈夫なの?」
「うん、全然平気だよ、このくらい」
「そう……よかった」
そう言って髪をいじる羽海。何かを誤魔化しているようだ。
店長はカップを置き、真顔で言った。
「あとはそうだな、準一級だったから、来週にでも〝清跋の儀〟を行うはずだったんだが」
「あ、そっか。あの規模ならそうだよね」
第二級以上の陌霊現象は、残滓が周辺に強い影響を与える可能性がある。
〝清祓の儀〟は複数の祈祷師が集まり、現象のあった周辺全域に封印を施す儀式。
通常は、現場に携わった祈祷師が中心となって執り行われる。
店長が朝までかかったのはこの手配のせいもあったのだろう。
「あれ? じゃあ今回は……」
今回、封印したのは私と羽海。
なんならその殆どを担ったのは羽海だ。
でも、唄の巫女が秘匿されているなら、表立って行う事はできないかもしれない。
「ああ、それなんだがな……」
店長は言いにくそうに頭を掻いた。珍しい。
「今回の封印が結構特殊なことになっていてな。もうほとんど〝奉還〟に入っているんだ」
「え?」
「は?」
店長の言葉に顔を見合わせる。
「だから行うのは〝清祓の儀〟ではなく〝奉還〟のほうが良さそうなんだ。なんなら祈祷師を手配しなくていい分、そのほうが都合がいい」
「奉還?」
あまり耳馴染みのしない言葉に思わず聞き返す。
「ああ、唄の巫女によって、付喪神や陌霊を常世に還すことをそう云うんだ。その力は祈祷師とは一線を画している。それゆえにその存在も秘匿されているんだよ」
「なるほど……というかあの時もうほとんど奉還しかかってたんだ! すごいじゃん!」
「だからな、今度また唄う必要はあるんだが……」
「そっか、それなら……! 羽海、唄ってくれる?」
羽海を見つめ言葉をかけると、彼女は頬を赤らめ、そっと視線を外した。
「う、うん。もう大丈夫。私、やるよ」
少し恥ずかしそうに頷く羽海。
その返事に店長は不自然な笑顔を浮かべた。
「そうか、そうか。やってくれるか。それなら安心だ」
「店長、なにか隠してる?」
私の言葉に驚いたのか、店長は一瞬だけ目をそらす。
その視線の先を追うと同時に、とぼけたように店長は答えた。
「いや今回な、あれだけの規模だ。いつもみたいに深志神社でやるわけにもいかなくてな」
「あ、なるほど」
「え?」
そうか、そういうこと、と納得した。
一瞬そらした視線の先のその答えがあった。
一方、羽海はまだ状況を掴めていないようだった。それなら話は早い。
「あがたの森全域に対応しなくてはならないからな。でも、その規模の儀式はあまりに目立ちすぎる。しかしちょうど今週末にイベントがあってな」
「なるほど、それに合わせてやれば、不審にも思われないし、ちょうどいいね」
「え? え?」
羽海をよそに話を進めていく。
店長が取り出したのは一枚のチラシ。
あがたの森音楽祭、そしてまさに文化会館で行われるステージだった。
そしてそこには、RAMONEのマスターが組んでいるバンドが出演する。
「羽海がコレに出演して、唄えばいいんだね」
「え? いやちょっとまって」
慌てふためく羽海をよそに、わたしと店長はトントン拍子に話を進めていく。
「そうだな、ちょうどRAMONEが組んでいるバンドが出る」
「え? どういうこと……?」
「いいね~! 昔ながらのR&B、めっちゃかっこいいんだよね~!」
「ああ、唄の巫女の想いが唄にのれば、どんな唄でも良いしな。ちょうど羽海はR&Bが好きだったよな」
「いやいやいや、ちょっとまって! 普通に明日にでも行って唄えばいいじゃん!」
やっと事情を飲み込んだ羽海は、慌てて両手を振って拒絶する。
だが、私も店長も引き下がる気はない。
「え~だってさっきはやるって言ってくれてたのに~。店長だって聞いたよね?」
「ああ、そう言ってたな」
「だって、それは……その、そんな話だなんて思わなかったし……」
顔を真赤にしながらなんとか逃げようとする羽海。
私はパタパタと振る手を握って、彼女を見つめた。
「羽海に唄ってほしいの。あの子たちのためにも。お願い」
「う…………」
羽海が唄うことにまだ迷いがあるのは知っている。
それでもあの日、たしかに彼女は乗り越えていた。
それにあの陌霊と付喪神のことを考えると必要なことでもあった。
「わ、わかった。やるよ」
「やった~!」
「なにもそんなに喜ばなくても」
頬を染めて言う羽海に、こみ上げてくる笑みを抑え切れず、言う。
「え~~、だって羽海が唄うの、好きなんだもん~」
「もう……」
そんなやり取りに店長はフッと息を吐いたが、何かを思い出したように口を開いた。
「そういえばお前たち、RAMONEの依頼は大丈夫だったのか?」
「え……」
「あ……」
「えーと……ちょっと私、用事思い出したので帰ります」
「わ、私も――」
店長は深くため息をつき、頭を抱えた。
でも、私は見逃さなかった。
その口元が、ほんの少し笑っていたことを。

