プロローグ
「ちょっと、朱璃! 聞いてる?」
「え、えっとごめん! なんだっけ? 同窓会?」
そう声をかけられて、私はハッと顔を上げた。
通りかかった店員の耳に揺れる、今時珍しいクラシックなデザインのピアスに目を奪われてしまっていた。
「相変わらずだなー。もう来週だよ?」
高校時代の友人、西山美久は呆れ混じりのため息を付いた。
「うーん。行きたいなとは思ってるんだけど……」
実際のところ、あまり前向きではなかった。
出欠の返事もどうしようか迷っているうちに、すっかり忘れていたわけで。
ちょうどこの前、イオンで美久に出くわし呼び出され……ここ翁堂にきたのだった。
落ち着いた照明と窓辺に飾られたドライフラワーが趣深い、老舗喫茶店。
アンティークのテーブルや椅子に囲まれたこの空間は、私がひと息つきにくる、お気に入りの場所だ。
美久はそれを知っていて、この場所を指定したのだろう。
私もまんまと来てしまったわけだけど。
「けど?」
そうやって間髪入れずに詰めてくるところも、相変わらずだった。
「うーん、まだ仕事の予定分からなくてさ」
「仕事って、ANIERAの?」
「そうそう、最近ちょっと忙しくて……」
と、そこに私のお気に入りのナポリタンが運ばれてきた。
テーブルに置かれた皿には、昔ながらの、という形容がしっくりと来る。
私はいつものように粉チーズをたっぷり振りかけ、フォークでくるくると巻いた。
「ふーん。この前みたいにデートする時間はあるのに?」
「あれは羽海が最近引っ越してきたから、松本を案内してたんだって!」
「へーっ、それにしては楽しそうだったけどなー」
「まぁ……趣味も合うし楽しかったけどさ」
高校の同窓会は再来週の日曜日らしい。
正直、今は羽海もいるから行くことになんの支障もない。
でも祈祷師の依頼がいつ入るか分からないから、先の予定なんて立てられない。
それだけのこと――と、自分に言い聞かせる。
美久はため息を漏らし、手にしていたカップを置いた。
「朱璃さ。何か気にしてるの?」
「別に〜〜そんなことないよ」
目を逸らさないように意識しながら、そう応えた。
美久にはこれまで何でも話してきた。
それでも祈祷師に関わることだけは、一言も話したことはなかった。
――巻き込みたくない。
それでも、もし話せていたら――
ふとよぎったその疑問を打ち消すように、ナポリタンと罪悪感を一緒に飲み込んだ。
「同窓会なんて初めてじゃん。朱璃も会っていない人、結構いるでしょ?」
「うん、まぁそりゃね。成人式も出れなかったしな~」
わざと明るい声で応える。成人式の時は松本を離れてたし。
「あ、そうだ。咲が朱璃に会いたがってたよ」
美久が思い出したようにそう言った。
「咲? ……三枝咲?」
「そう。最近会ってさ。朱璃、元気にしてるかなって」
三枝咲。
高校時代、いつも一緒にいた友人の一人。
目の前にいる美久と咲、そして柚木。
咲は、小動物を思わせる外見のイメージのまま、明るくて、図々しい、小憎たらしい雰囲気が魅力だったと思う。
お昼になると「今日の獲物は〜」なんて言いながら、私たちのお弁当から一品ずつおかずをつまんでいく。
その代わりに咲特製の卵焼きが一切れずつ置かれていくのだ。
私たちが「またかよ~!」なんて笑いながら抗議するが、彼女はケラケラと笑い返す。
咲の家は母子家庭で、母親と二人、松本の県営住宅で暮らしていた。
色々大変だったという噂もあったが、彼女からそんな雰囲気は全く感じられなかった。
「咲、元気だった?」
卒業後はすぐに就職すると話していたことを思い出す。
あれから全く会ってなかったけど……。
そんな事をぼんやりと考えていると、美久は驚きの事実を口にした。
「ほんとびっくりなんだけどさ。……咲、今度結婚するんだって!」
わざとらしく「きゃー!」と声をあげながら、両手で顔を覆う美久。
「え、結婚!? ……もしかして、優希くんと?」
その言葉に思わず身を乗り出してしまった。
「そう! 良いよね! なんか純愛って感じ!」
今度はうっとりと遠くを見つめていた。相変わらず感情が忙しい。
優希くんは咲の保育園からの幼馴染で、高校ではもう二人が付き合っているのは公然とした事実になっていた。
明るく奔放な咲に対し、優希くんは物静かで穏やか。
まるで青春ドラマを見ているようなカップルだった。
咲が「優希がね〜」と照れもせずに話す様子は微笑ましく、私たちはまた始まったと笑いながら、「ごちそうさま」と言うのがお決まりだった。
そんな二人が、ついに結婚するらしい。
私はなんだか自分のことのように嬉しくなって、自然と笑みが溢れていた。
「私、友達が結婚するの、初めてかも……」
「私もだよ。二十歳そこそこで結婚する子なんて、今どきなかなかいないよね」
そもそも、結婚という選択そのものが減っている時代。
今は晩婚化が進んで、三十代での結婚が一番多いらしい。
そんな中で、咲は大切な人と共に人生を歩むことを選んだ。
「幸せになってほしいね」
「ねー。そうだよね!」
私は珈琲カップを両手で包み込むようにして、最後のひと口を飲み干す。
ほんのりと残る苦味が、なんだか心地よかった。
「じゃあ、また! 同窓会、絶対来てよね」
「うん。また連絡する」
そう答えて手を振ると、美久はひらひらと手を返し、駅の方へと消えていった。
しばらくその背中を目で追い、やがて視線を落とす。
「同窓会、か……」
帰路につく足取りは重く、一歩を踏みしめるたび、思い出の欠片が少しずつ浮かんできていた。

