エピローグ1
「大丈夫ですよ、安心して」
あがたの森音楽祭の日の夜。
藤間 は今ではもう博物館でしか見ないような黒電話を手に話していた。
「あの子は、そんなに弱くないですよ」
そう言って、そっと煙草を灰皿に置く。
紫煙 が一本、ゆらゆらと立ち上り、細く揺れながら天井へと昇っていく。
「参ったな……それを言われてしまうとどうにも」
見えもしない相手に向けて、苦笑するように頭を抱える。
だがその瞳には、不安や焦りの色はなかった。
ただ、静かに立ち上る煙を見つめている。
「わかりました。なるべくそうしますから」
電話口で交わすのは、何度も繰り返してきたやり取り。
今回は少し目立ちすぎてしまった。それも仕方のないことだ。
「それに……もし何かあったときは、私がなんとかしますんで」
最後にそう告げて受話器を置く。
カチリと音を立て、通話が切れた。
藤間は再び煙草を口にくわえ、火を入れる。
ふぅーっと吐き出した煙が、淡い白の筋を作り、夜の空気に溶けていく。
窓の外には満月。銀の光が夜の山々を照らしていた。
「……何かあったときは、ね」
紫煙は窓辺を越えて夜空へ。
ゆらゆらと揺れるそれが、月と山の輪郭を淡く霞ませていった。

