そこには祈りのような、願いのような、強い想いがあった。
「……いまの……お母さん?」
咲の声が、震えていた。
全員の視線が、咲のお母さんへと注がれる。
「これって……」
彼女は立ち上がり小さく首を振った。
「そんな……私の……」
うろたえる彼女に誰も言葉をかけられずにいた。
「私が、二人を……。嬉しかったのに。心の底から……。なのになんで……」
仲良し母娘の二人。
あまり家庭のことを話さない咲。
それでもわかってしまうほど、二人の関係は微笑ましいものだった。
それが、だからこその悲しいできごと。
想いも、二人も、髪飾りも、悪くないのに。
私は思わず口を挟んでしまっていた。
「付喪神は、モノに宿った想いが、形になったものです。強い想いが……陌霊となって顕れて……本来の想いと違う形になってしまうこともあるんです!」
「ううん、違う……違うの……」
娘を護る――その想いが、陌霊として強く顕れていた。
そこにあったのは、娘が自分の手を離れていくことへの寂しさと不安。
これまでずっと護り続けてきた子が、もう自分の元を去っていくという現実。
「っ……でも」
お母さんが震える声で呟く。
「それは、お母さんの想いがそれほど強かったからです。その気持ちに、ウソなんかあるはずない……!」
羽海らしくない、何かを否定するような強い言葉。
「でも……こんな自分勝手な気持ちで……それが、二人を傷つけるなんて」
娘を護ろうとするあまり、無意識に誰かを傷つけてしまった――その悲しみが、声に滲んでいた。
掛ける言葉が見つからない。母のそんな姿を見た咲もどうしていいか、わからないようだった。
その沈黙を破ったのは優希くんだった。
「あの……お義母さん」
穏やかな、それでいて芯のある真っ直ぐな声。
「僕……本当は、ずっと不安だったんです」
かすかに震えている。
「付き合いが長いだけの自分が、本当に咲を幸せにできるのか。彼女のそばにいる資格があるのか……。もっと彼女には、彼女の幸せがあるんじゃないかって――ずっと考えていました」
彼は唇をぎゅっと噛みしめ、俯いたまま続けた。
「たぶん、自信のない自分のそんな気持ちが……どこかでお母さんにも伝わっていたのかもしれません」
小さく息を吸い、彼はその場に正座をした。
「長く付き合っていたからこそ、大切なことを、行うべきことを曖昧にしてしまっていたんだと思います」
ゆっくりと両手をつき、深く頭を下げる。
「お母さん。今まで咲を大切に育ててくださって、ありがとうございます。これからは……僕が、命をかけて、咲を守ります。咲が泣いたときは、僕がその涙を拭います。咲がつまずいたときは、僕が何度でも手を差し伸べます。咲が誰かに否定されたときは、僕が一番に信じます」
その声は震えていたが、言葉のひとつひとつには、迷いがなかった。
「だから――どうか。娘さんを、僕にください」
優希は、頭を下げたまま、しばらく動かなかった。
お母さんは無言のまま、その姿をじっと見つめていた。
やがて、ゆっくりと立ち上がり、優希の前へと歩み寄る。
「……ありがとう」
その声はかすかに震えていたが、目は真っすぐに優希を見ていた。
「咲はね、小さい頃から人一倍、寂しがり屋だったの。でも私が忙しいときも、文句ひとつ言わずに我慢して……いつも笑ってくれていたの」
一度、息を整えてから、彼女は続けた。
「そのたびに、私は何度も自分を責めたのよ。それでより一層、あの子をちゃんと護ってあげなきゃって」
お母さんは膝をつき、優希の前に座る。
そっと彼の手に、自分の手を重ねた。
「でもね……今の言葉で、あなたみたいな優しい人に選んでもらえたこと。――ああ、私、間違ってなかったんだって思えたの」
涙をぬぐいながら、微笑む。
「咲を……よろしくお願いします。あなたの言葉を、信じます」
そして、小さく冗談めかして言った。
「でも……泣かせたりしたら、許さないからね?」
「はい……!」
優希は顔を上げ、涙をこらえながら笑った。
「……お母さん」
咲が静かに呼びかけ、母の手をぎゅっと握る。
「私ね、ずっと幸せだったよ。母子家庭だからって、悲しいなんて思ったこと、一度もない」
その手は、幾度となく自分を支え、助け、育ててくれた。
その優しい想いが本物であることを、咲は誰よりも知っているようだった。
「お母さんが、あの日、心から喜んでくれたことも。誰よりも想ってくれていたことも。――私、お母さんの娘でよかったって思ってるから」
お母さんは小さくしゃくり上げ、震える腕で咲を抱きしめた。
「だから……ありがとう、お母さん」
「ごめんね、咲……。本当に幸せになって……」
咲もまた、そっと母の背中に手を回した。
二人の肩越しに、涙が静かに光を映していた。
その瞬間――
髪飾りが、淡い光をふわりと放った。
それを見て、羽海が小さく微笑む。
「羽海」
「うん。この子はもう、大丈夫」
でもその瞳は少し潤んでいて、彼女はそれを隠すように顔をそむけたのを私は見逃さなかった。

