「琴乃ちゃん?」
いつもなら、見せて見せてとせがまれるところだ。
「……ごめんね。心配かけて」
さっきまでとは打って変わって、憔悴した声。
琴乃は俯いたまま、動かない。
「……悠馬君と、なにかあったの?」
私の質問に、琴乃の肩がビクッと震えた。
「…………」
しばらくして、琴乃が顔を上げた。
「羽海ちゃんには、話したこと……なかったよね」
コップを机に置いて、窓の外を見つめる。
「うち、両親はいつもいなかったし、お姉ちゃんはほら……あんな感じでしょ? だから、いつも悠馬と一緒だったの……」
目の前にいる私たちではない誰かに語り掛けているみたいだった。
「私、今よりずっと内気で……友達もいなくて。でも、悠馬はずっと私の隣にいてくれた」
声が少しずつ柔らかくなっていく。
「学校のペアも、放課後も、帰り道も、ずっと一緒で」
そこで琴乃は笑顔を浮かべた。
子供みたいな無邪気な笑顔。
「私ね、悠馬のことが好き。たぶん……初恋だった」
「……うん」
「だって、ずっと一緒だったもん。ずっとだよ?」
「琴乃ちゃん……」
羽海が呼びかけたが、反応するそぶりもなかった。
「……この先も、ずっと一緒にいるんだって……そう思ってたもん」
その瞬間だった。
あどけなかった表情がスッと消える。
「――でも、違った」
「琴乃ちゃん?」
「違ったの……全然違った」
口元だけが笑っている。
「何回も、何回も考えた。何がいけなかったんだろうって。どこで間違えたのかなって」
彼女の瞳から、ふっと光が消えた。
「でもそうじゃなかった。そもそも最初から違ってたんだ」
「そんなことな――」
「あるよ!」
私の言葉を遮る。
「だってSkylimがそう言ってた!」
「……」
「親友だって。私と悠馬は親友。恋愛相性は最悪。ほら、ちゃんと数字も出るんだよ?」
琴乃がSkylimの画面を見せてくる。
そこには恋愛相性0と表示されていた。
「だから間違ってるのは私なの。私の気持ちの方。普通はそうなの」
「琴乃ちゃん、それは――」
「普通はそうなの!」
突然、声が跳ね上がった。言葉が出なかった。
「みんなそうしてる。みんな失敗しないようにって……なのに私だけ、私だけ――」
視線が定まらないまま、続ける。
「悠馬が、すごく嬉しそうに言うんだ……俺たち親友だなって」
ふっと力が抜ける。
今にも泣きだしそうな声。
「私ね、ちゃんと笑おうと思ったよ。親友だねって。嬉しいよって。そう言わなきゃって思った」
「……うん」
「でも、言えなかったの」
ぽろりと涙が落ちる。
「だって好きなんだもん」
私は思わず琴乃に手を伸ばす。
「触らないで!!!」
パチンと触れようとした手が弾かれる。
「こんなのマチガッテル。私の――私が――ワタシ――」
「琴乃ちゃん!」
肩を掴む。肩がビクッと震える。
「見て。私だよ。朱璃」
「あ……」
瞳に光が戻る。
視線が合う。
「ご、ごめん。私、今……」
額に汗がにじむ。
「なんかやっぱり……変、だよね。私……怖いよ」
琴乃が自分の手をギュッと握りしめている。
「どれが本当の自分なのか、分からないの」
握った手を開いて、一つずつ指を折る。
「好きって思う私がいて」
もう一つ。
「好きになっちゃダメだって思う私がいて」
もう一つ。
「親友でいなきゃって笑う私がいて」
もう一つ。
「なんで私じゃないのって泣いてる私がいて」
唇が震える。
「……消えちゃいたいって思う私がいる」
羽海が琴乃を抱きしめた。
「私がさ……私がおかしいんだよ。きっと何かの病気なんだ――」
言葉が詰まる。琴乃が顔をあげる。
「ねぇ、あーちゃん……」
呼び方が、あの頃に戻っていた。
「私のこの気持ちは、おかしいのかな……」
「…………」
――あかりちゃんって、ロボットみたい
胸の奥が、ちくりと痛む。
「あーちゃん、私……やっぱりおかしいんだよぉ。うわぁぁぁぁ」
奥歯がきしむ。
その瞬間だった。

