プロローグ
手の中で、古びたスマートフォンが鳴った。
「んん……電話?」
仕事から帰ってベッドにダイブしたのがいつだったか。
少しだけと思って、気付いたら眠ってしまっていた。
私は眠い目をこすりながら、鳴り響くスマートフォンを指でなぞった。
「ふわぁ~もひもひ?」
「やぁやぁ朱璃くん。その声は寝起きだね?」
起き抜けの耳に飛び込んできたのは、懐かしい旧友の声だった。
「おはよう柚木~。どうしたの?」
欠伸交じりの声が、そのまま口からこぼれる。
「朱璃くんの声が聞きたくなってね」
「はいはい。それで、ほんとは?」
「ははは。相変わらず手厳しい。実は朱璃くんに頼みがあってね」
そういう時にしか電話をかけてこないくせによく言う。
「っと、その前に……咲の結婚式の件も謝りたかったんだ」
彼女にしては珍しく、寂しそうな声。
私と美久、そして咲と柚木。いつも高校でつるんでいた4人。
せっかくの咲の結婚式に、柚木は来られなかった。
「仕事でしょ? 忙しいんだよね」
「……どうしても抜けられなかったんだ。すまないな」
「知ってる。昔からそういうとこ真面目だよね。咲も分かってると思うよ」
彼女のこんな殊勝な態度に少し驚く。
会社に入って色々変わったのかもしれない。
「咲、綺麗だったよ」
「そうか……」
「美久がたくさん写真撮ってたから、あとで送ってもらいなよ」
「そうだな……」
「も~元気だしなって! またいつでも会えるよ」
柄にもなく落ち込んでる柚木に、いつも通り笑って返事をした。
柚木は今、国内最大のテック企業「Latore Wallace.inc」で働いている。便利で快適なライフスタイルの提供を掲げ、ARデバイス「Skylim」を展開する大企業だ。
まだ大学四年生だが、単位は一年で取り終えてしまって、今は月に何回か研究室を使わせてもらってる程度らしい。
「それで、頼みって何?」
「ああ。今日は琴乃の事で頼みがあってね」
「琴乃ちゃん? どうかしたの?」
柚木琴乃。柚木家の次女で、よくお店にも顔を出してくれている。
知的で冷静な柚木とは正反対な、いつも明るくて、笑顔が似合う女の子だ。
高校時代はみんなの妹みたいになっていたほど。美久なんか「私の天使―」とか言って可愛がっていたっけ。
「最近、学校に行っていないらしくてな」
「え?」
突然の告白に、思考が一瞬止まる。
「風邪とか……じゃないよね?」
「まぁ学校の授業は退屈だからな。私は行かなくても良いだろうと思っているのだが、親がやけに心配していてな」
「そりゃそうでしょ……私も心配だよ」
「琴乃は私の電話には出ないしな。親が言うには言動がちぐはぐというか、まるで別人みたいに思える時があるらしい。私は反抗期かなんかじゃないかと思うんだが」
淡々と続く柚木の分析に頭を抱える。柚木はコト人の気持ちとかの話になると誰よりも疎い。
「柚木、さすがに反抗期なら両親が分かると思うよ」
「あぁ。親にも全く同じことを言われたよ。まぁ私としてはあまり問題視していないんだがね。琴乃の面倒は一生見るつもりでいるからな。家でずっと遊んで暮らしてもらって構わない。私が稼げば良いだけの話だしな。結婚だってさせ――」
「ちょっストップ! ストップ! 分かった! もう分かったから!」
そうだった。それでいて、重度のシスコンなのが余計にたちが悪い。
「そういうことなら、琴乃ちゃんと話してみるよ」
「そうか。話が早くて助かる」
このまま柚木に任せておくのもヤバそうだし。
かといって、私も何かを探るなんて得意じゃないんだよなぁ。
「んー、あのさ、ほかに聞いてることとかって―」
「それじゃ、任せる。頼んだよ朱璃くん」
プツン。ツーツーツー。
そして、通話が切られた。
「えぇ……」
本当に相変わらずだなぁ。
時計を見ると、時刻は一時を回っていた。なんて時間に電話してきてるんだ……。
あの姉がいるにしては、琴乃はよく出来た子だった。
そんな彼女が学校に行っていない。しかも柚木からの電話……妹に関して勘は鋭い。
まぁ感想はまったくあてにならないけど。
何かあったとみて間違いないだろう。
琴乃のことは羽海も知っているし、相談してから連絡を取ってみよう。
私はスマホを充電台に置いて、再びベッドへダイブした。

