第44話 / DIGGIN’THE SOUL

「……っ」 

 息を吸いなおす。
 なんとか現実に戻ってこれた。
 目の前には机、木箱、そして万年筆。
 琴乃が尻もちをついて震えていた。

「朱璃ちゃん……いまの……私……」
「琴乃ちゃん! こっちを見て!」

 琴乃に向かって叫ぶ。

「飲まれちゃダメ!」

 明らかに琴乃と共鳴している。
 陌霊が、琴乃の感情と混ざり合っている。
 琴乃に起きていた異常は、これが原因とみて間違いないだろう。
 万年筆からあふれる黒い液体が大きくなっていく。
 その闇が羽海に向かって弾けた。

「朱璃、ごめん、私の力じゃ……押し返される……」

 手を伸ばすが間に合わず、羽海の体が弾き飛ばされた。

「羽海!」
「ぐっ」

 壁に叩きつけられ、うなだれる羽海。
 闇が琴乃に迫る。

「くそっ……こいつ!」

 闇を蹴り上げる。
 空を蹴ったような感触。

「嫌だ……私、こんなこと……シたクナい……」

 闇が琴乃を包み込み、大きくなっていく。

「マチガッテル……マチガッテ、ナイ。オカしいオカシイオカシイィィィィ」

 闇はさらに大きくなると、琴乃を取り込んで人の形になった。
 目も耳もない。
 黒い液体が体にまとわりついている。
 内側から絶えずあふれ出すソレは、ぽたぽたと垂れ、瘴気しょうきをまき散らしていた。

「その子は私の大事な友達なの。返してもらうよ」

 返事はない。
 ボタ、ボタ。
 床に落ちた黒い液体が、じわりと広がる。
 見上げるほど大きい。
 中には琴乃がいる。
 囚われ動けないまま。
 倒す? 無理だ。当てられない。
 陌霊が、ゆっくり腕を上げた。
 腕の先はペン先みたいに尖っていて、空中を掻かく。
 カリ。
 空中に一本の黒い線が走った。
 蛇行しながら私の方へ向かってくる。
 避けようと動くと、その線は枝のように割さけて、迫ってきた。

「なっ!」

 避け切れない。
 線は鞭むちのようにしなって引き裂いた。

「痛っ」

 血が腕や足から垂れるのを感じる。
 痛みで目が霞かすんだ。
 このままじゃやられる。
 息を整え、祝詞のりとを詠よむ。

 天地てんち同根どうこん、万物ばんぶつ同体どうたい

 左目に赤い光が宿る。
 体中に力が満ちる。
 身体が軽い。
 陌霊ばくれいの体表が、ぶるりと波打った。
 その震えが、部屋に滲にじみ拡がる。
 壁がざらりと鳴り、黒い染みが走る。
 染みは文字を形作ろうとして、途中で崩れ、線になる。
 意味だけが脳内に流れ込んでくる。
 ――マチガッテル。
 その時、琴乃の唇が動くのが目に入った。

「……や、だ……」

 声は出ていない。
 でも、はっきりと聞こえた。
 
 ~~♪
 
 振り返る。
 ボロボロになりながら羽海の唄う姿が見えた。
 陌霊の動きが一瞬止まった。
 その隙に陌霊を通り越して部屋の壁まで移動し、その勢いのまま壁を蹴る。
 陌霊の体に背中から張り付いた。
 
 我わが清浄しょうじょうを似もって
 九十九つくもの汚穢けがれを打うち祓はらわん

「……っ、琴乃ちゃんを、離して!!」

 身体中に籠めた力を解き放つ。
 目に宿る朱色あかいろの炎が、身体全体を包む。
 陌霊が苦しそうに悲鳴を上げた。

「グアァァァァ」

 闇の中から琴乃の顔が現れる。

「琴乃ちゃん!!」
「イ、やだ。私は……離して!!」

 琴乃が右手を伸ばし、私の手を掴んだ。
 琴乃の言葉に呼応するように、陌霊の叫びはより一層激しくなる。
 それを最後にやがて途絶えた。
 闇が徐々に薄れていく。
 中からぐったりとした琴乃が現れた。

「ごめん、琴乃ちゃん守れなかった……」

 悔しそうに目を伏せる羽海。

「ううん。ちゃんと守れたよ」
「ん……朱璃ちゃん、羽海ちゃん……」

 琴乃は目を覚まし、私の手を強く握った。

「大丈夫?」
「うん……ありがと」

 琴乃はそう言って起き上がった。

「今のって……」
「あー、えっと……」
「その……」

 羽海と二人して言い淀よどむ。
 どう説明していいものか。

「今の……なんか不思議な気持ちが流れ込んできたような……ん?」

 琴乃が左手を開く。

「これって……」

 そこには、見慣れない紙片があった。

「これ、なんだろう?」
「琴乃ちゃんのじゃない?」
「うん。けどさっき見たような……」

 羽海も不思議そうにのぞき込む。
 さっきの紙に似ている。

「何が起きてるの……?」

 首をかしげる琴乃。
 さすがに事情を説明しないわけにもいかない。

「店長なら、何かわかるかも」
「そうだね。琴乃ちゃん、一緒にANIERAに来てくれる?」
「うん、わかった。ちょっとまってて」

 琴乃の準備を待って、私たちはANIERAに向かった。

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この記事を書いた人

長野県松本市を拠点に活動する2人組の作家です。

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